恩恵の狂想曲 05


「≪金の箱庭亭≫?」

「ここの店の名前だ」

 オーディンがそっけなく言う。そして、エールをカウンターの上に置き、店主を見上げる。机の上には金貨が硬質な音を立てて転がる。
 
「情報が欲しい」
「それはいいんだが……あんたに客だぜ?」
 
 唇の端をあげて笑った店主にオーディンはため息をつき、何のことか分からない白刃は首を傾げる。
その時。
「なあ、あんた本当に≪傭兵王≫か?」
「その髪だって偽者じゃねぇの?」
 
 二人が振り返ると5人の剣を持った男たちがそこに立っていた。その格好はオーディンとあまり変わらなかったが、白刃はその下卑た視線や身にまとった酒臭さに眉を寄せる。
 オーディンはつまらなそうに再びカウンターを向きエールをのむ。それが男たちを刺激したのか、男たちが次々と口を開いていく。
 
「大体、双黒をつれているって言うのも怪しいぜ」
「そうそう、お嬢ちゃんそれ、本物か?」
「それに≪傭兵王≫がこんな北の街になんでいるんだよ」
「仕事がねぇんじゃねぇの?」
「ああ、それともあの噂は本当だってか?」
 
 ぴくりとオーディンのグラスを持った手が動いた。その噂の内容を知っている白刃はぴしりと固まり、少しずつオーディンたちから距離をとる。それを店主が器用にも片眉を上げてみる。
 
「お嬢ちゃん、どうか…」
 
 白刃に声をかけた店主が続けようとした言葉は男たちによってさえぎられた。
 
「ああ、あの噂か。案外、そうかもなぁ」
「だから、お嬢ちゃんを任せて大丈夫だと思ったんだろうぜ。依頼主も」
「ちがいねぇ」
「なぁ、男好きの≪傭兵王≫さんよ」
 
 男たちがオーディンの肩に手を置き、馴れ馴れしくしながら言い放った言葉に白刃と店主、酒場にいたオーディンを知る傭兵たちは一斉に青ざめた。
 
 その噂は彼が好んで単独で仕事をして、ごく稀に誰かと組むことになったとき男としか組まないことから―――大体、傭兵は男しかいないような職業ということもあり、自然にそうなるのだが―――オーディンに対する嫌がらせもかねて口さがない者たちの間で言われていることだった。
 
 実際、彼は旅の途中でよった街で色町に行くこともあったし、同じように言い寄ってきた男たちを見るも無残に叩きのめしたことを白刃は知っている。
 そして周りが各々、安全を確保している間にも男たちの口は止まらず、ついに自らの寿命をちぢめる言葉を放った。
 
「なんなら、今夜は俺が相手をしてやろうか?なぁ、男好きの≪傭兵王≫さんよ?」
 
 瞬間、そういった男が2メートルほど先のテーブルに突っ込んで倒れた。グラスの割れる音や給仕の悲鳴が響く。
 呆然と仲間が吹っ飛んださまを見ていた男たちはオーディンを見て息をのんだ。白刃は思わず片手で顔を覆い、あちゃあと呟く。
 オーディンは席から立ち、男を殴った手を腰の剣の柄にあてゆっくりと長剣を抜く。その精悍な口元には凄絶な笑み。
 
 
 
「そうかそんなにあの世が見たいなら送ってやる。喜べ」
 
 
 
 その怒りに煌く紫紺の双眸が鋭く男たちを射抜き、実に楽しそうに笑みを浮かべオーディンは踏み込んだ。
 
 
 
 その夜、その酒場では悲鳴が耐えることはなかったとか。
 
 

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