恩恵の狂想曲 09


 爆発が起こったとき、マロイと対峙していた白刃は相手が体制を崩した瞬間、その隣を走り向けようとした彼女の足に光の鎖が絡みつき倒れる。

「逃がすとお思いで?」
 
 至極、楽しそうな様子の相手にいやな気分になりながらも白刃はやけくそに思いながらこれは不可抗力でギブ・アンド・テイクってやつだから文句は言われないていうか言わせないと文句も忘れない。そして、相手から見えないように右手の中指と親指を合わせる。
 制限はされているもののそこまで強力でないものなのか―――単に彼女の魔力が魔封じの魔具よりはるかに強いだけなのだが、それを本人は気づいていない―――白刃の力を抑え切れていない。それを感じつつ、上手くいくようにとタイミングを計る。
 
「観念しましたか?」
 
 余裕の笑みを浮かべて近づいてくる相手に白刃は怯える自分を叱咤するように、唇の端を上げ強気に笑う。
 
「先に言う。手加減できないから、ごめんね」
「!?」
 
 その言葉が終わると同時に指を鳴らすと、その部屋は爆発し、城に盛大な大穴を空けた。
 
 
 
***
 
 
 
 夕闇の光がカーテンの隙間から部屋へとはいる。
 そこは異様な臭気と湿った歪んだ空気に満たされた空間だった。
 その部屋は白刃が先ほどまでいた部屋とは離れた場所にある部屋。
ほかのどの部屋よりも豪華な装飾がほどこされていた部屋は、今は無残な残骸を残すのみになっている。
壁や床に無数に描かれた≪陣≫は真っ赤な血のそれで、部屋の中には赤黒いシミや白いものが転がっている。
そして、異様だったのは空気だけではなく室内の中央にいるものだった。
それが何かを感じたように蠕動し、ずるりとその巨体を引きずるように動く。
 
醜悪な生き物が目指すのは、贄。
 
もはや自我もない自分自身を動かすのは貪欲なまでの渇き。
 
満たされない飢えと渇きを癒すために、それは動き出した。
 
 
 
***
 
 
 
 オーディンはひたすら城の中を突っ切っていた。先ほどの爆発があった方へ。
 そこにあの少女がいることを確信していた。あんな真似をするのはあの少女しかいないとわかっているからだ。同時に、胸にある刻印が仄かに熱を持っている。
 彼女の危機を知らせるように熱を持つそれは、オーディンにとっては自らの命も危険にさらしているのと同じだった。
 その時、丁度、廊下の角から出てきた騎士の剣を受け止め、腹を蹴り飛ばして壁にぶつけ、背後からの剣を流して、その腕を跳ね上げる。
 
 悲鳴。血の匂い。
 
  それでもオーディンは止まらない。止まれない。
 
  城に充満している歪んだ陰鬱な魔法の気配とかすかに感じる少女の魔力。
  オーディンは舌打ちしながらも次々と湧いて出てくる騎士たちと剣を交えていく。
 
  刻印がさらに熱を持つ。危ないと、早くと彼を急かすように。
 
  その熱の意味を正確に理解しているオーディンは、これを刻んだ元凶である少女を恨んだ。
 
  それは≪束縛≫という名の契約。
 
  それは少女と青年の命を結んだ、契約、だった。
 

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