恩恵の狂想曲 11


 マロイと魔法で競り合っていた白刃は、ふと感じた気配に眉を寄せた。それは白刃の横に伸びる廊下の先から感じるものだ。

 なんだ。
 
 そう思った瞬間、酷く歪んだ気配に彼女は、口を手で押さえた。
 胸の奥から湧き上がってくる嫌悪感に近い吐き気と強くなる頭痛。
 
「ああ、来ましたね」
 
 マロイが焔を白刃の結界に放ったまま、その空色の目を細めて白刃へとゆっくり近づいていく。
 白刃は酷くなる吐き気と頭痛に視界が歪むのを感じた瞬間、廊下にひざをつく。
 
 ずるり。
 
 ずるり。ずるり。
 
 何かが床を這う音。
立ち上がろうとしても吐き気と頭痛に邪魔されそれも出来ない。そして、彼女は見た。
 
 視線の先。廊下の闇の奥。
 そこにいたものを見た瞬間、彼女は雨の日に湿った石にへばりついている白っぽく、ねばっとした、触覚が二本ある軟体動物を思い出した。
 
「げっ」
 
 思わず呻いた。
 
 虫はどちらかというと苦手ではない。好きでもないが、そこにただいるのは問題ないくらいには平気だ。
 害虫の類なら、スリッパや丸めた雑誌などで撃退できるほど平気だ。
 でも、今目の前にいるのは、そういったものから完璧に遠いものだと言える。
 むしろ同じであってたまるかと、よろめく体を叱咤しながら立ち上がる。
 
「おや、この瘴気にあてられても動けるとは。やはり≪世界の愛し子≫の姫君。そこらにいる人間とは違いますね」
 
 その口調に含むものを感じた白刃は顔をしかめながら、その物体の傍に移動したマロイを見る。
そして、その笑みを見た瞬間、氷解した。
 
「……まさか」
 
 消えた街の人間。帰ってこない人間。廊下に散らばっていた騎士たちの持ち物の残骸。
 
 
 そして、贄。
 
 
 マロイがゆっくりと唇の両端を吊り上げる。
 
「ええ、そうです。すべてはわたしの実験のために。この魔獣の餌になっていただきました」
 
 白刃の顔が凍りつく。
 
「なん…だ…って?」
 
 凍ったような唇をかろうじて動かす。可笑しいほどに震えた声が出た。
 
「ですから。わたしの実験の材料になっていただきましたよ。手始めにこの街の領主から」
 
 言われたことが理解できなかった。いや、したくなかった。
 
 自分は所詮、つい一週間ほど前までは、ただの女子高生で。
 学校に行って、友達と笑って、くだらない話で笑って、遊んで。
 
 そんな平和な日常を覆された。あの瞬間。
 
 そして、帰らない恋人を、子供を、伴侶を、待っている人々。
 
「……ふざけるな」
 
 押し殺した声にマロイが不思議そうに首を傾げる。
 
「どうかしましたか?姫君?」
「気っっ色悪いから話しかけるな!この変態怪人狂人の三拍子そろったゾンビヤローが!!」
 
 白刃の頭が沸騰し、そう怒声を上げた瞬間。
 
 
 
「同感だな」
 
 
 
 その言葉とともに、魔獣の体を無数の氷の刃が貫いた
 

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