王の【狗】14


 

「こんばんは、祝福の方。よき夜を」
「見ろよ、見事な黒だ」
「なんて綺麗な」
「双黒のお方を見るなんて、何て運のいい」
 
 白刃は自分の傍を通りすぎる人々の視線に居心地の悪い気分を味わっていた。
 
 今、彼女はいつもなら被っている外套のフードをはずしていた。ヴェスヴィオから南の方、この辺りから治安はよくなっていくらしく大丈夫だろうというオーディンの判断だった。
 フードを被らなくてすむのは白刃にとっては喜ばしいことだったが、すぐにそれを後悔した。なぜなら黒髪黒目が珍しいのは身に染みて理解してきたものの、敬うような口調やどこか神々しいものを見るような視線にはどうしても慣れない。
 
「あたしは現代の一般ピーポーなんだけどな」
「ぴーぽーってなに?」
「人っていう意味。なんでこんなに目立たないといけないんだ」
「そりゃあ、双黒だからねぇ」
「好きでこんなんじゃないわ!ていうか、あの俺様はいつまで人を待たすつもりなんだ」
「あははは、俺様は昔からだから」
「昔から…って、昔!?」
 
 自分の独り言に返してくる声に白刃が驚きをあらわに、いつの間にか自分の横に立っていた男を凝視した。
 
「………どちら様?」
 
 目の前にいる男はシュスラーレ国の属するシエラネバタ大陸の人間特有の金髪に青い目を持ったどこにでもいるような青年だった。年はオーディンと同じか少し上くらいだろうか。頭には濃紺の布を無造作に巻いており、いかにも旅人らしく濃緑の外套に腰に刺した剣の柄が外套の合わせ目から覗いていた。
 
 人懐っこそうな印象のする笑顔は警戒心を人からなくすには十分だろうが、生憎、白刃はそうではなかった。
 じりじりと後ずさる少女に青年がくすりと笑う。
 
  白刃と青年がいるのはある小さな街の歓楽街の一角だった。周りには酒場、賭博場、娼館がある場所で白刃のような年端の行かない少女が一人でいるのには危険な場所だ。
そして、オーディンは今、白刃と青年が対峙している目の前の酒場の中にいる。情報もしくは手ごろな仕事なないか聞きに入っているのだ。
 
 こういった小さな街には傭兵ギルドなどの施設はないため、どうしても人が集まる場所でギルド代わりに、特に酒場を利用する。傭兵は特にで、オーディンもその辺りは変わらない。
 普段は大抵、白刃はそういったときは、宿で大人しくしていろといわれるのだが、前回の教訓からか、目を離すと危険だと判断されたらしく今回は同行させられている。
 
 白刃にとっては、あんたよりは非力でいたいけな少女なんだけどと思うところだが、オーディンがこれを聞いたら、『非力ないたいけな少女』は魔力をぶっ放して夜盗を逆に脅したりしないといっただろう。
 
 とにかくそんな状況で、どうしようかと思い視線をさまよわせていると、青年が口を開いた。
 
「そう警戒しないでほしいんだけどなぁ」
「無理!」
「即答だなあ」
 
 そういって青年が困ったように笑いながら足を一歩踏み出す。それに合わせて白刃も後ずさる。
 
「そこまで警戒されるとお兄さん悲しい」
「そんなことを言われてもついさっき会った、しかも笑顔の胡散臭い他人を警戒するなって言うほうが難しいと思うけど」
「可愛い顔して言うねぇ」
「不審者に言われても嬉しくない」
 
 泣き真似をしたと思ったら苦笑する青年に白刃が本当になんなんだこの人はと珍妙なものを見るような目をした瞬間、青年が不意に大きく白刃に顔を近づけてきた。
 
 その青い目には不思議な光が走る。
 白刃がそれに気づいて息をのんだ。
 
「まあ、それでこそ≪傭兵王≫の連れだけどね」
「!?」
 
 その言葉に大きく白刃が反応した瞬間。
 
「なにやってやがる、この陰険イヌヤローが」
「ぐえっ」
「うわっ」
 
 声とともに青年が前のめりに倒れてくるのを白刃がとっさによけ、顔を上げ怒鳴る。
 
「オーディン、危ないじゃんか!」
「ち、よけたか」
「当てる気だったの!?」
「安心しろ。次はそんなに痛くないようには加減してやる」
「いらんわ!!」
 
 道のど真ん中でいつもの応酬を繰り広げる二人を道行く人々が不思議そうに見ている、その中でうめき声がちょうど二人の間で上がり、そちらへ視線をやる。
 
「いっててて…相変わらず、酷いな」
 
 腰をさすりながら立ち上がった青年は、オーディンへ向き直るとにと唇の端をあげた。
 
「久しぶりだ。≪傭兵王≫」
「何しに来た。アルザス」
 
 そう不機嫌そうにオーディンは青年の名前を呼んだ。
 

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