王の【狗】 15


 オーディンに蹴り飛ばされた青年はアルザスと名乗り、白刃たちはあのまま道のど真ん中にいるわけにも行かず、適当な酒場に入った。

 三人でテーブルを囲み、各々食事をしたり、酒を飲んだりしている。周りの視線、愛想を振りまいているアルザスに向けられる酒場の給仕の女の子の視線や白刃に向けられる珍獣を見るような、もとい敬うような視線、果てには有名な≪傭兵王≫であるオーディンに対する畏怖などの視線をアルザス以外の二人は綺麗に黙殺している。
 
「おい、そこの女たらし。何しにきたんだ、お前は」
「うわ、ひでぇ。これでも仕事できたんだぜ」
「仕事?」
 
 白刃が首をかしげてアルザスを見る。その視線にアルザスがにこやかに笑う。
 
「そうそう。お仕事。……で、オーディン」
「断る」
 
 期待に満ちた目で自分を見たアルザスを一刀両断に切ったオーディン。エールをそのまま飲む彼にアルザスはテーブルに突っ伏した。
 
「うう、わかっていたけど。…酷い」
 
 その落ち込みっぷりに白刃が大丈夫だろうかと心配げに見るとオーディンが眉間にしわをよせてのたまった。
 
「お前が関わるとろくなことがない」
「そんなことは…」
「ないと?」
 
 じろりと睨まれて、アルザスの視線が思い切りあさっての方を見る。
 白刃は二人のやり取りに思わず小さく笑った。するとオーディンが刺すような視線を向け、アルザスは楽しそうな顔を向けてきた。
 
「笑うな」
「やっぱ、女の子はそうやって笑ってなくちゃーね」
「………」
「………」
 
 二人がほぼ同時に真反対のことをいい、お互い顔を見合わせる。それが再び白刃の笑いを誘った。
 
 
 こういった空気を白刃も知っている。
 まだ、一ヶ月と少ししかたっていないのに、酷く懐かしく愛おしい雰囲気。
 笑いあっていた友人たちの顔が浮かんで消えていく。
 同時に胸に広がるのは―――。
 
 
「お嬢ちゃん?」
 
 
 アルザスの声にはっとして顔を上げると訝しいげに自分をみている空色の目があって、誤魔化すように口を開いた。
 
「なんでもない」
「そう?あ、おねーさん!おかわりー!!」
 
 アルザスが開いたジョッキを上げ注文するかたわらで、白刃がそっとため息をつき気を取り直すように料理を口に運んだ。
 
「で、仕事はなんだ?」
「引き受けてくれるのか?」
 
 白刃の様子を目の端に止めながらオーディンが言った途端、目を輝かせるアルザスにオーディンが冷たく言い放つ。
 
「金はあったほうがいしな。ただし、報酬は七」
「五分。お前、金には不自由してないだろうが」
「七分。タダ飯を食うやつがいるからな」
「あたしのこと?」
 
 白刃が突っ込む。アルザスが顔をゆがめる。
 
「せめて六で…」
「手伝ってほしいんだろう?」
 
 苦し紛れに言うアルザスにオーディンが皮肉な笑みを浮かべ彼を見返す。ちなみに白刃は綺麗に無視だ。
 
「無視か!?」
「わかーったよ!!そっちは七分だ。まったくお嬢ちゃんに免じてそうしてやるよ!!」
「へえ?誰が、誰に、免じて、だって?手伝ってもらうお前が頭を下げるのは当然だろう?」
 
 白刃の叫びもむなしく、黒く見える笑みを浮かべたオーディンにアルザスの顔が引きつる。一連の会話を聞いていた白刃は無視されたためか、酷く悔しげに呟いた。
 
「俺様だ」
「だよねぇ。俺ってかわいそう」
「それは良かったな」
「良くねぇよ!!」
 
 やけくそのように怒鳴るアルザスにオーディンが鼻で笑いエールをのむ。それにアルザスが再び打ちひしがれるのを見て、くすくすと白刃から笑みがこぼれた。
 
「仲がいいね」
「よくない。お前はいつまでそうしているんだ。とっとと仕事の内容を話せ」
 
 白刃が言うとオーディンが無情にもアルザスに言い、彼は恨めしそうにオーディンを見る。
 
「はいはい。まったく、なんでこんなヤツが≪傭兵王≫なんだか」
「それは悪かったな」
 
 まったく悪びれない謝罪にアルザスが悔しそうに顔をゆがめる。
 白刃は飽きないなあと思いながら果実汁に口をつけて、お互いに言い合いをしている青年を穏やかな目で見ていた。
 

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