王の【狗】 16


 「で、仕事は?」

 気を取り直したようにオーディンがアルザスに聞いた。食べ終わってゆっくりとしていた白刃は未だに食べているアルザスを見る。ちなみにオーディンもまだ食べている。
 白刃が見ているとこの二人、酒もかなり飲むし、食事の量も半端ではないことがわかった。最初のころなど白刃はオーディンの食べる量に思わず全部食べるのかと疑ってしまったくらいだ。
 
「密猟組織の摘発」
 
 ぴくりとオーディンの手が動き、訝しげにアルザスを見やる。
 
「この辺りでか?」
「そ。つい2週間前に王都で結構でかい魔具の違法製造をしている組織を捕縛したら、なんと密猟もやっているってわかってね」
 
 どういうことかさっぱりわからない白刃は二人の会話をただ聞いているだけだ。そんな彼女の様子に気づいたのか、アルザスが白刃に話かける。
 
「シラハちゃんがしている魔具って、なんでできているか知ってる?」
 
 アルザスが白刃の右手首にしてある魔具を指差しながら言った。
 
「魔石を加工して?」
 
 だったけと内心で首を傾げ、白刃がオーディンから教えてもらったことを思い出しながら言うとアルザスが頷く。
 
「そう。でも魔石だけじゃなくて、精霊の【涙】だったり、竜や魔法士自身の魔力のかたまりだったりする時もあるけどね」
「龍!?ていうか、精霊の【涙】って……ファンタジーだ」
 
 白刃が今更のように呆然として呟くと、彼は彼で不思議そうに彼女を見る。
 
「あれ、知らない?その前に、ファンタジーってなに?」
 
 アルザスの質問に言葉に詰まった白刃を助けるようなタイミングでオーディンがだるそうにため息混じりに口を開く。
 
「これは記憶喪失になっているんだ。だから何も知らない。時々、訳のかわらないことを言うが気にするな。いつもだ」
「あたしは変人か」
「え!?そうなの、シラハちゃん!?」
「アルザス。続きを話せ」
 
 白刃がオーディンの言いようにぼそりと突っ込み、アルザスが驚く中、オーディンはそれらを見事にスルーした。アルザスはそんな彼に呆れながらも再び説明をし始める。
 
 白刃はいつからそうなったんだ、その前に記憶喪失って…と呆れ半分、ばれるんじゃないかと心配半分な心境だったが、話は合わせたほうがいいと判断して大人しくする。
 
「お前な……。まあ、精霊の【涙】っていうのはただの比喩。正確には精霊の体の一部だな。でも、これは稀少で、今は法で精霊を狩ることは禁止されている。でも力が強いから裏では需要が高くて、高額で取引される」
 
 食事を口に運びながらしゃべるアルザスに、飲んでいたエールをテーブルに置いたオーディンがこともなげに続ける。
 
「普通なら、強い魔具を作るには技術と魔石、魔具の媒体自体の力にも左右される。それが、精霊や龍の場合はその手間が要らない。簡単に、ただ『作り出す』だけでいい」
「作り出すのに多少、魔力がいるけどな」
 
 アルザスが付け加え、白刃が疑問に思ったことを口にする。
 
「でも希少なら、そんなにすぐ見つからないんじゃないの?」
 
 オーディンが呆れたような顔をした。
 
「精霊は下級のものならどこにでもいる。それに精霊の【涙】は、下級のやつでも魔力が強い」
「そこで、強い魔具がほしいやつは精霊や龍を捕まえようとする。まあ、主に精霊が多いけど」
「ああ、なるほど。だから精霊を狩ることを禁止してるんだ」
 
 納得した白刃にアルザスがよく出来ましたと言わんばかりに笑顔を浮かべる。
 なんだか学校の先生みたいだと思いながら果実汁でのどを潤していると、オーディンがアルザスに聞いた。
 
「今回は精霊か?」
「いや…」
 
 アルザスが逡巡するようなそぶりを見せ、白刃が不思議に思うより前にオーディンが紫紺の目を細め言う。
 
「竜か」
「ああ。まったく嫌になるよ」
「竜って大きいんだよね?それをどうやって捕まえんの?ていうか、魔具にできるの?」
 
 白刃が映画や小説で読んだ龍を想像しながら―――と言ってもでかいトカゲ程度にしか考えてないのだが―――言うとオーディンが眉間にしわを刻み、アルザスが露骨に嫌悪をその整った顔に出した。
 
「え?え?なに?なんかまずいことでも言った?」
 
 アルザスはともかく、オーディンがそうやって不機嫌や不快感をあらわにするときは大抵、よくないことだと知っているため焦る。ちなみにその後は、彼の機嫌は大体、下降していくばかりだ。
 後のことを思い、やだなあと思っているとアルザスが焦る白刃に苦笑しオーディンが大きくため息をつく。
 
「魔具に使われるのは龍の場合、体の一部だけだ。それも一体に一つしか取れない」
「希少中の希少。だからこそ、誰もが手に入れようとする。魔具としても最強であるがために」
 
 
「世界最古の種。尊き気高き破壊者、もしくは生ける世界の軌跡とも呼ばれるその生物。―――魔具に使われるのはその心臓だ」
 

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