王の【狗】 28


「いくぞ!!」

 大将の号令で一小隊ほどの人数が―――大体、十五名ほどの騎士―――が動き出す。
 街の南に向かって。
 
「オーディン」
「なんだ?」
「先に行け」
 
 軽く目を瞠り、アルザスを見る。
 騎士たちに混じり、街の中を進んでいたオーディンは転移してきたアルザスに驚くことはなかった。むしろその彼から言われた言葉に驚いた。
 
「どういうつもりだ?」
 
 今回のことは王からの命であり、アルザスはそのために白刃を囮にした。結果、居場所の特定ができた。後は他の密売に関わった連中を捕らえれば済むはずだ。その時に誰かを巻き込まれようとも関係ない。
 
 王の【狗】とはそういった者たちだ。
 
 目的のためには手段を選ばない。
 冷徹で、慈悲といった感情などとは無縁の王国の【番犬】たる彼らは。
 
 そのうちの一人、アルザスは苦笑した。顔を近づけ、声を落として友人と呼べる青年に告げる。
 
「俺だって一応、良心はあるんだぞ。…大将にはどうとでも言い訳ができる。屯所に戻れ。地下にある転移の≪陣≫から一気に飛べるようにしてある。行け」
 
 言い放たれた言葉に一瞬、オーディンは瞳を揺らしたが、次の瞬間。
 
「悪い」
 
 地面をけり、出てきた屯所の方へと向かう。
 アルザスはすれ違いざまに言われた小さな呟きに唖然とした後、うっすらと笑みを浮かべた。
 
 
「……変わったな。オーディン」
 
 
 
 
 ***
 
 
 
 
「げほっ…ぐっ…ごほっ。うぇ、土が口に入った」
 
 ぺっぺっと白刃は舌をだし、衝撃によって床へと投げ出された体を起こす。
 砂埃と魔力の開放による衝撃で降ってきた天井の瓦礫が視界を覆っている。その中を目を凝らすと空気を切る音がして、とっさに結界を張る。
 
「ちっ」
 
 ばちんというはじける音とともに氷刃が霧散し、空中に浮かんだ魔法士が舌打ちをした。
 
「浮かぶとか反則だ」
「魔法も反則だと思うがな」
 
 近くで聞こえた声に反応して、すぐさまその場を飛び退くと、いかついおっさんが振りかぶった剣を再び構えていた。
 
「よく避けれたな」
「鍛えられているもので。…嬉しくないけど」
 
 感嘆を含んだ声音に白刃が皮肉げな笑みを浮かべて返す。
 怒ったとき剣を向けてくる物騒な青年を思い浮かべて白刃は苦笑した。
 お陰で反射神経やら第六感のようなものがかなり延びた気がする。
 
「これじゃあ、騎士たちが来てしまうわね。早いところ小娘には眠ってもらいましょう」
「同感だな。こんな物騒な小娘さっさと売るに限…」
 
 魔法士の女の言葉を引き継いだついおっさんの言葉が急に途切れる。崩れ落ちる男の向こうにいた人物に白刃は驚きに目を瞠った。
 
「それは困るな。そいつを売るのは俺だ」
「売るんかい!!」
 
 思わずいつものように突っ込む白刃。
 
 肩口ほどまでしかないざんばらな赤い髪に紫紺の双眸、手に持っているのは柄に繊細な文様の入った長剣。
 
 魔法士の女が目を細めてオーディンを見る。
 
「元騎士なら気配くらい読め」
 
 オーディンが長剣についた血を剣をふって払う。白刃は呆然として彼を見る。
 
 どうしてここにいるんだろかと思っているとふいに紫紺の目と合う。同時に、本能というか今までの経験がそうさせたのか、彼女は反射的に後ろへと思いっきり退いた。
 瞬間、銀色が翻る。
 
「あ、あ、あぶ、危なっ!」
「ち、避けたか」
「当たり前だ!!」
 
 涙目で叫ぶ白刃にオーディンは冷笑を向ける。
 
「大丈夫だ。痛みを感じる前に安らかに逝ける」
 
 そして剣を構えたその時。
 空気を裂いて飛来した氷刃を剣を横にふり砕く。
 
「お前か」
「はじめまして、といったほうがいいかしら?オーディン」
「リスティー」
 
 女の名前を呼ぶ彼に白刃が目を剥く。
 
「え!?知り合い!?」
「色街の女だ」
「………」
 きっぱりと言い放ったオーディンに白刃はなんともいえない顔になる。それを見てリスティーがくすくすと笑みを零す。
 さっきまでの白刃に対しての態度とは違うそれに彼女の眉間にしわが寄る。
 
「お前か。密売に加担していた魔法士は」
「ええ。体で稼ぐよりもずっとよかったんだもの。だから、あなたが情報をくれといったときは驚いたわ」
 
 妖艶に笑う女の目に光はない。それに気づいて白刃は背筋が寒くなる。
 
「そうか」
 
 抑揚なく言い放つと剣を構える。その様子にリスティーは笑みを深くした。
 
「ねぇ。オーディン」
 
 女が優しく囁く。いつくしむように愛おしいものに語りかけるように。
 
「その子も魔法士でしょう?なぜ傍にいるの?…あなたは魔法士が嫌いで嫌いでたまらないのではなかったの?憎いんでしょう?」
 
 白刃の思考が止まる。
 
 魔法士が嫌い。憎い?
 誰が。
 
 思わず隣にいる青年を見上げると彼の紫紺の目は言い表し難い感情を浮かべていて。
 
「お前には関係ない」
 
「つれないわね。……その子も殺すのかしら。ねぇ…≪魔法士殺しの傭兵王≫さん」
 
 瞬間、ホールに爆音が響いた。

 


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