王の【狗】 31
「うわぁ」
「凄いな…」
流石のオーディンも目の前の光景に見入った。
二人の眼前に広がるのは大きな広間のような場所。
高い天井にほぼ円形に近い広場は、地面や岩肌から覗く宝石のような透明な発光している石によって仄かに明るく照らされ、さらに驚いたのはその石の中に何かが入っていることだった。
「精霊だな」
「これが?」
一つの石の中に近寄り見ていた白刃の傍に来たオーディンが周りを忌々しげに見やる。
「いい趣味だな。生きたまま捕らえて飾っているのか。しかもご丁寧に魔石に入れてあるとは」
「え!?これ全部、魔石!?」
「ああ。精霊たちの魔力を押さえるためにわざわざ加工したものだろうな」
「じゃあここにいる精霊は…」
「生きているだろうな。大方、ここの元の持ち主は上にいたような連中と同じだったんだろう」
吐き捨てられた言葉に白刃は痛みをこらえるような顔をして石の中を見る。
そこにいるのは愛らしい子狐のような精霊だ。
閉じ込められ、鑑賞される。
ただ、己の欲のためだけに。
奪っていいものではないのに。
そう唇をかむと白刃は勢いよく顔を上げ、奥へと目をやる。
「おい」
「…いる」
呟く少女に怪訝な目を向けながら歩き出す彼女の後をオーディンもついていく。
硬質な靴の音しか響かない洞窟には静寂だけが広がる。その中で白刃は確かに声を聞いたのだ。
あの悲痛な、諦観を思わせる声を。
広場の奥、ひときわ大きな魔石が視界に映る。そこにあったものに今度こそ彼らは絶句した。
床の魔石の上にいたのは、地面に鎖ごとつながれ血を流し横たわっていた小さな龍だった。
***
魔法を放った後、すぐさま懐へ迫り短剣をひるがえす。が、服を犠牲にして女は凶刃から逃れた。
リスティーは早くなる鼓動を落ち着かせようと呼吸をする。それでも忙しなく動いている心臓は落ち着かず、背中には冷たいものが走る。
アルザスはそんな怯えや恐れを露にしているリスティーに静かな冷徹で空虚な視線をやるだけだ。
「早く吐けば楽になる」
「その後はどうなるのかしら?」
「……塵も残らないようにしてやる」
うっすらと笑みを刷くアルザスにリスティーは蒼い顔を向けて微笑んだ。
恐怖に怯えるのは許さないと言うように。
「それは光栄ね!」
一瞬で複雑な≪式≫を組みいくつもの≪陣≫を展開させると炎の球と風の刃が彼に直撃した。直後に雷の球が続き、リスティーは勝利を確信する。
王の【狗】と言われる精鋭の影の人間でもこれだけのものを食らってしまえば、まず無事ではすまない。
自然と顔に笑みが浮かび―――その笑みが凍りつく。
自分の腹部を見下ろすと短剣が刺さり、服を見る見る真紅へと染めていく。
目の前には月光に照らされた金糸にその下から覗く空色が、まったく揺るがず変わらず自分を見ている。
魔法で怪我をした右腕の肘と手首の間には、刺青が走っている。
それは、シンプルな十字が交差したようなそれ。
リスティーはそれを見て相手が誰であったのか悟った。
「…金の、逆…十字」
そして、彼女の意識は闇にのまれた。
眠りの薬を塗った短剣に刺され、まぶたを下ろした女が地面に落下しそうになったのを支える。ゆっくりと地面に向かって降りながら、魔法で止血をして地面に寝かせた。念のために魔法を使えない魔法をかけておく。
「薬が効いてると思うが……。まあ、あの連中に引き渡す約束だからな」
悪く思うなと呟く。
アルザスは討伐が行われているほうに視線をやる。
手だれの騎士たちによって捕縛されていくチンピラや傭兵たちを見て、もうすぐこの討伐が終わるだろうと判断した彼は彼らの方へ足を進めようとしたとき、爆発的な魔力の本流を感じて足を止める。
視線を動かした瞬間。
光が地面を突き破り、空を刺さんばかりの勢いで貫いた。
「な!?」
流石のアルザスも驚愕の声をあげた。
討伐に当たっていた騎士たちや傭兵やチンピラたちでさえも動きを止める。
その光の本流が細く、弱くなったときそこにいたのは。
鮮やかな赤い髪に紫紺の双眸を持った青年と。
「っつー!!たんこぶ出来た!」
「うるさい。やったのはお前だろうが。この破壊魔が」
「オーディンだって人のこと言えないじゃん!」
「お前、誰に向かっていっているのかわかってるか?」
「ただの俺様なおっさん!!」
腕に何かをくるんだ布をもった黒髪黒目の少女。
周りの驚愕と呆気にとられたような視線をそっちのけで言い争っている二人を見て、アルザスは肩の力を抜き、苦笑し歩きだした。
剣を今にも抜こうとしている友人とその友人をなだめている稀有な色を持った少女の下へ。
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