王の【狗】 34


 回想から現実へと戻ったオーディンは視線を扉へと向け。

「何の用だ」
 
 扉が声に答えるように開く。入ってきたのはアルザスだ。
 
「何の用だはないだろう。白刃ちゃんは…って、オイ!これ、りゅぐっ」
「やかましい」
 
 眠る白刃の方を見て声をあげたアルザスのわき腹にすかさず鞘ごと剣をめり込ませる。
 
「…お前って容赦ないな」
「それより終わったんだろう?」
「ああ」
 
 そういってアルザスは窓際にいるオーディンの向かい側に椅子を持ってきて座り、今回の顛末を話し始めた。
 
 密売に関わっていたのは魔法士である捕まえたリスティー、元騎士だった男、そしてあの屋敷を所有していた男の息子である三人とその息子に雇われていた傭兵やチンピラたちだった。
 龍を欲していたのは王都にいる貴族の人間だと白状したためすぐにでもその貴族は捕らえられるだろう。密売に関わっていた三人は今までの余罪によっては重い処分が下されることになる。
 もちろん駐屯所にいる加担していた騎士たちも内々で処理されるだろう。
 
「で、今回の報酬」
「ああ」
「それと…」
「なんだ」
 
 報酬の入った袋を小さなテーブルに置きアルザスが間を置く。それにオーディンが訝しげに目をやる。
 
「魔法士が逃げた」
「……わざとか」
 
 アルザスは答えず、笑みを浮かべる。
 リスティーとの戦いでも見せていた怜悧な笑みを。
 
 それは肯定の証。
 
 オーディンは薄く笑みを零す。
 
「あの大将に手柄をくれてやるんじゃなかったのか?」
「俺がそんな優しいヤツに見えるか?」
 
 その答えにオーディンは笑みを浮かべることで答える。なにがあったのかは知らないが、この男の機嫌を損ねることをしたのだろうと察しがつく。
 
「ここに来るかもしれないからな。一応、忠告」
「は。誰に向かって言ってる」
 
 鼻で笑うオーディンにアルザスは呆れたように肩を落とす。
 
「出たよ。俺様」
「黙れ。忠犬」
 
 アルザスが笑って立ち上がり扉へと向かう。オーディンはそれを見ることなく、窓の外を見ている。
 
「オーディン」
 
 不意にアルザスが彼を呼ぶ。オーディンがそちらを見ると窓から差し込む月光の淡い光を反射した空色が穏やかに自分を見ていた。
 それを不思議に思う前にアルザスが口を開く。
 
「お前、変わったな。…人間らしくなった」
 
 思わず瞠目した友人にアルザスは小さくの喉の奥で笑う。
 
「なにを…」
「気づいてないならいいさ。じゃあな、また来る」
 
 オーディンの言葉をさえぎりアルザスは背を向けたまま手を振るとそのまま部屋を後にした。
 部屋に残ったオーディンはアルザスの言葉に内心、首をかしげていた。
 
 人間らしくなった。
 
 変わった気はしない。根本はそのままだ。
 剣を持って、ただ進んできた。
 神や救いなど信じていない。
 
 だけれど。
 
 ただ、独りでずっと歩いてきたあのころと違うのは。
 
 視線を眠る少女へ向ける。
 ベッドで眠る白刃の顔色は最初に比べてよくなった方だが、まだ青白い。
 魔力を使いすぎたのとその力の負荷に体がついていかないのだろう。それほどにまで強い魔力を彼女は宿している。
 まったく、それ以外は普通のどこにでもいる少女なのに。
 
 だからこそ、憎めない。契約したときは確かに憎いと、怒りを感じた。
 
 それも今はわずらわしいとは思っても憎いとは、殺そうとは思わないのだ。
 
 ≪魔法士殺し≫と呼ばれているのに。
 憎いと思っていたのに。
 
「…まずは説教だな」
 
 珍しく苦笑を滲ませたような声音。
 白刃が起きていたなら説教はいやだと逃げ出していただろう、その言葉。が、そこには険はなく、ただ呆れたような、けれども暖かい眼差しがあった。
 
 
 
 
***
 
 
 
 
 朦朧とする意識をつなぎとめようとする。それでも視界は霞み、体は重い。
 やがて女は家の壁にすがるように倒れる。
 地面を綺麗に整っていたであろう爪でかく。
 かつて男たちを虜にした美貌はそこには見受けられない。
 緩やかな金髪はつやをなくし、その白い肌には傷が走り、服は土やほこりによって汚れている。
 それでも逃げたいと女は力を入れる。
 
 あの暗い鉄格子のある場所になど居たくはない。この先、どうせ待っているのは泣いても叫んでもどうにもならない拷問や取調べの苦痛の日々だ。
 
 それならいっそのこと。
 
 壁に手をつき、なんとかして立ち上がった女はそのまま気力を振り絞ってその場から消えた。
 

   TOP    

inserted by FC2 system