哀しい望み 36


  白刃は窓際にある椅子に座り、剣を抱えたまま腕を組み、目を閉じているオーディンをちらりと見る。

 ベッドの上で起き上がっている彼女の膝の上には白竜が丸くなって目を閉じている。
 白刃は仄かに笑いその白い体を撫でる。
 そして彼女は再びオーディンを見て、口を開こうとしてやめた。
 
 どうして魔法士を憎むのか。
 
 それは聞いてはいけない気がする問いだ。
 どうせ帰るのだから関わらなければいい。≪契約≫だって無理矢理だったのだから。それでも知りたいと思う。
 
 同時に、知ってどうするのだと思うけれど。
 
「オーディン」
 
 呼びかける。鼓動が少し早く脈打つ。
 膝の上にいる白竜に目をやると、相変わらず目を閉じたままだ。オーディンも反応はない。
 
 白刃は息を吸い込み。
 
「…俺は魔眼を持ってる」
 
 白竜に向けていた目をオーディンに向ける。オーディンはその紫紺を白刃に向けていた。
 
 どうして、なんで。
 目を真ん丸くしている少女の顔に浮かぶのは戸惑いと疑問、驚きだ。
 
 オーディンは白刃が何を気にしているのか知っていた。彼女の様子を見れば一目瞭然だった。
 白刃の反応に、ふいに笑いがこみ上げてきそうになって、意志でそれを抑える。代わりに出たのは自分でも呆れるほどぶっきらぼうな声。
 
「魔眼は、魔法の≪陣≫の基である≪式≫を見ることが出来る。≪式≫を見ることが出来るということはどんな魔法でも≪陣≫の≪式≫を壊すことも出来るということだ」
「壊す?」
「≪式≫の繋ぎ目だったり、弱点だったりする場所を見つけられ、そこを衝かれれば魔法を消し去ることが出来る。魔眼を持っている人間は決まって魔法を斬ることのできる魔剣をもっているからな、魔法士からしたら天敵のような存在だ」
 
 半分投げやりな口調になりながらも窓の外へ視線をやり、オーディンは話す。白刃は彼の言った言葉を飲み込むように呟く。
 
「天敵…」
「そうだ。傭兵として仕事をしていれば、必然、魔法士ともぶつかる。そうしていく内についたのが≪魔法士殺し≫っていうあだ名だ」
「そう…なんだ」
 
 白刃はオーディンが語った話に衝撃を受けていた。同時になぜ話してくれたのかが気になる。
 その彼女の思考を読んだようにオーディンが言った。
 
「魔法士を憎んでいるのは、あの連中が魔眼持ちを迫害して行ったからだ」
 
 自分たちの魔法を見て壊すことの出来る魔眼を持っている人間は彼らにとっては恐怖の対象でしかなかった。そして彼らの持っている剣も。
 そこでオーディンは口を閉じる。目を閉じて話は終わったというような様子に白刃は俯いた。
 
「…ごめん」
「……なんで謝る」
 
 反射的に出たのは謝罪の言葉だ。
 オーディンの視線を感じる。それでも白刃は顔を上げられなかった。
 
 安易な気持ちで聞いてはいけなかった。
 もちろん安易な気持ちで聞くつもりだったわけじゃない。けれど、彼女が考えていた以上にも重いものだった。
 そんな考えや思いも言い訳じみていて結局、黙り込む。
 後悔と自己嫌悪の渦に陥りそうになったときに、それを防いだのは頭に走った衝撃だった。
 
「い゛っ!」
 
 ばしんというような音がしてもいいほどの衝撃が風と共に走り、それをしたであろう青年を見る。当の本人は呆れたような目で窓の桟に肘をつき白刃を見ている。
 
「後、洞窟で使ったりしたのは魔法じゃない。魔眼もちは魔法をつかえない代わりに≪法術≫を使う。今、お前に向けたようなやつだ」
「ほう…じゅつ?」
 
 何かがぶつかってきたところを撫でながら白刃が聞く。
 
「魔法と違って≪法術≫は自然界の力を借りる。世界に満ちている魔力といえばいいか。≪魔法≫は自分の中にある魔力を使って、炎や氷、風を生み出す。≪法術≫は世界に満ちている魔力を使うんだ」
「へー。じゃあ、魔力がなくなることってないんじゃないの?」
「そうでもない。使いすぎれば反動がくる。でかい≪法術≫を打ってもな」
「いろいろ不便だね」
 
 立ち直ったのかいつものように話す白刃にオーディンは嘆息した。
 
「…聞きたいことは聞けたか」
 
 白刃は瞬きをして、苦笑した。
 
「そんなに分かりやすかった?」
「あれで気づかないほうがどうかしてる」
「え!?」
 
 オーディンが鼻で笑うのを見ながら、そんなにわかりやすいのかと考えていると、ふと彼の視線が外へ向き、剣呑な光が紫紺の中を走った。白刃にはその様子は見えなかったが、彼の纏う雰囲気が硬くなったのを感じて不思議そうな顔をする。
 
「どうかした?」
「…ガキは早く寝ろ」
 
 言いながら椅子から腰を上げるとドアへ向かう。白刃は春街に行くのかと思い、聞かない代わりに口にしたのは。
 
「ガキじゃない」
「ガキだろ」
「…オーディン」
「なんだ」
「…ありがとう。いってらっしゃい」
 
 ドアを開けて閉めようとした背中に向かってかけられた声は、穏やかでやさしい、どこか喜色を滲ませていた。
 

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