哀しい望み 39


 

 よく言われていた。
 旅を一緒にしている俺様で不器用な優しさを時折見せる青年に。
 
 お人好しだと。
 無防備だと。
 
 でも、結局、世話を焼いて助けてくれる青年の方がそうなんじゃないかと彼女は思っていたのだ。
 だから、彼の言っていた言葉の意味を分かったつもりでいたのだと気づかされたのだ。
 
 今、対峙している金髪に空色の双眸をもった青年によって。
 
 
 
 
「今、なんて…」
「だから、君にはわざと今回の仕事の元凶を捕まえるのに、囮になってもらったって言ってるんだ」
 
 アルザスは静かにカップを傾け、その中にあるさわやかな香りのお茶を飲む。そして目の前にいる少女に目をやると彼女は呆然としていた。
 
 無理もないと思う。
 オーディンがあれだけ怒るはずだ。この少女は、無防備すぎる。
 初めからだまされていたのに自分を信じて尚且つあんな目まであった。
 もっと警戒心を持つべきだとアルザスは胸中で独白する。お人好し過ぎる。
 
 その身の内に宿した魔力は強力であってもそれは覆しようがない事実だった。
 
「俺が君を囮にしなければ君はあの連中を傷つけることはなかったろうね」
 
 白刃がぴくりと反応した。
 その目には不安が揺らぐ。
 それをアルザスは目を逸らすことなく見据えた。どういった反応をするのか気にもなったというのもある。
 
 白刃はぐるぐると頭が渦巻く感覚を味わっていた。
 初めから、自分を囮にするつもりだった。それはおそらく事実だろう。そしてその通りに密猟組織の末端である彼らは捕縛された。
 
 その裏にあるもう一つの事実。
 
「…アルザスはあたしが、捕まることを見越して魔法を教えた?」
「そうだよ」
 
 以前と変わりなく、だけど静かな笑みを浮かべてアルザスは答えた。
 
 そうだったのか。それで。
 
 白刃はああと胸中でため息をついた。
 同時に。
 
「つまり、初めから利用するつもりだったと」
「うん」
「捕まっても魔法があるから大丈夫だと思ってたとか?」
「そう。あそこまで強い魔力を持っていたとは予想外だったけどね」
 
 まあ、いい教訓になったでしょと首をかしげる。
 白刃は顔をうつむけたまま、仕方なさそうに笑った。どこか諦めをにじませて。
 
「そっか…。じゃあ、仕方あないね。アルザスは仕事だったもん」
 
 この反応にアルザスは苦笑しながらも口を開く。
 
「うん。仕事だったから。だがら…ごめ」
「…て」
「ん?」
 
 アルザスが白刃の小さな呟きを聞き取れず、問うように首をかしげた瞬間。
 
 
 白刃が顔を勢いよく上げた途端、頬に衝撃が走った。
 
 
 ちなみに乾いた音ではなく、明らかに鈍い音が響く。
 
 周囲を行きかう人々や同じくお茶をしている人々が何事かと目を向けたりしてきたが、白刃にそんなものは見えていない。
 
「なんて、いうと思ったかっていったんだ!!利用するねぇ。ええ、どうぞ。そのくらいしか出来ないからしょうがないさ。でもね、利用するなら利用するで一言くらい言えっていうの!!そんなことされてへらへら笑っていらえるほど人間で来てないっつーの!!この詐欺師!!」
「さ、さぎ?」
「そう。詐欺師。その笑顔で人騙して、利用したんだからそうでしょ」
 
 アルザスがこう返されるのは意外だったのか、ぽかんとして席を立ち自分を見下ろす白刃を見る。
 少女の目には怒りがあった。それはすぐさま消える。
 白刃は気が済んだというように席に座るとケーキを食べ始める。
 
「終わったことだから、もうこれ以上は言わない」
「へ?いいの?」
「もう一回殴って欲しいの?」
 
 ぎろりと睨まれアルザスが両手を挙げ、首を振る。そして彼も椅子に座りなおすと白刃は彼を見ずに言った。
 
「あの人たちの傷、治してくれてありがとう」
「ああ。あれは…」
 
 ふとアルザスが殴られた頬を撫でながら苦笑した。その笑みがやわらかいもので白刃が不思議そうな顔をする。
 
「オーディンに脅されてね」
「え?」
「ちなみにあいつも殴ったんだよ。俺を」
「なんで?」
 
 訝しげに眉根を寄せる白刃にアルザスが可笑しそうにのどで笑う。
 
「君を囮にしたっていったら強烈な一発を貰った」
 
 白刃は今度こそ言葉を失う。
 
 オーディンが。
 
 あの彼が。
 
 本人に聞いたらお前のためじゃないというだろう。
 本当にそうでなかったとしても、一緒に旅をしてきて、自分の利にならないこと報酬をもらえない仕事などは受けようとしなかったあの傍若無人な青年がそういうことをしたというのが以外で。
 
「……明日、槍が降ってくるかも」
 
 ありえないという響きを持った白刃の呟きにアルザスは声を出して、晴れやかに笑ったのだった。
 

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