蒼玉の魔女 41 


 

 その部屋は暗く光源になるのは室内にある、昼間なら存分に太陽の光を室内へと招きいれる窓の外、空に輝く、かけた紅い月と白と蒼の満月の光。
 室内をかすかに明るくしているのは、細かい意匠を施された大きな机の上に載った水盆だった。
 室内には少なくとも二人の男女の影がある。そのうちの一人は銀にも見えるまばゆく輝く金髪だというのがかろうじて分かるくらいに室内は暗い。
 
 金髪の男は報告を終わった部下に何かを水盆を通して告げる。
 そして水盆の向こうにいた男は手をひらめかせ、ある映像を金髪の男、主君へと見せた。
 
 その時、反応したのは主君だけでなく彼の傍らに居た小柄な影だった。
 影は主君である男と言葉を二、三言交わすと、主君はすぐさま何事かを水盆の向こうに告げ、それに男は何もいわず敬意を感じさせる所作で頭を下げた。
 
 
 
 
*      *      *      *
 
 
 
 
「あふぁ〜。…眠い」
「お前は寝すぎだ」
「自分だってよく寝てたくせに」
 
 白刃とオーディンは宿を出て、大通りを歩いていた。二人の向かう先には南側の街の出入り口がある。
 先日、この街に来たときとは反対方向の入口だ。ここから、次の街へ向かうのだ。
 
「そうだ。ね、オーディン、アルザスが言ってた祭りってなに?」
 
 白刃がその漆黒の双眸に好奇心を宿して輝かせる。セイは相変わらず大人しく彼女の肩に乗っていた。彼女の背中の方で白く長い尾が黒髪と一緒に揺れている。
 オーディンは紫紺の双眸をちらりと彼女にやり、再び前へと視線を戻す。
 
「華謡祭(かようさい)だ。ゾルテで今の時期にある祭りだ」
 
 そっけないオーディンの返答に彼女は顔に喜色を浮かべる。
 
「どんなお祭り?」
「……見れば分かる」
 
 あまりにもそっけなくぶっきら棒な返答に彼女は抗議の声をあげた。
 
「なにそれ!教えてくれてもいいじゃん!」
「面倒だ」
「ケチ」
 
 オーディンの言葉に白刃がすかさず突っ込むと彼の紫紺の目が白刃を見下ろした。その威圧感に彼女は自然と身構え、紫紺を睨み返す。
 
 街の大通り、もっと言えば人の往来のある場所で、双黒である少女と紅い髪に紫紺の双眸を持ち、精悍な顔立ちの青年のにらみ合いは嫌でも人の目を引く。
 
 それを少し遠めに見ていた金髪の青年はため息をついた。もちろん呆れの篭った。
 足を彼らの方へと進め、やがてその口を開く。
 
「相変わらずだな。お二人さん」
「アルザス」
「駄犬がなんの用だ」
 
 白刃が驚いたように、オーディンは眉をひそめて声をかけてきたアルザスを見た。
 二人の反応に笑みをにんまりと浮かべる。
 オーディンは益々、眉間にしわを寄せた。
 そんな間に白刃はアルザスに近づく。
 
「もう次の仕事に行ったんじゃなかったけ?」
「うーん。それなんだけどねぇ、ちょーっと、頼まれ事があって……ね」
 
 苦笑から意味深な笑みに変わるその顔に白刃が首をかしげる。
 
 瞬間、彼女は突然、腕を強くつかまれそのまま後ろへと引き寄せられた。
 
「わ!?」
 
 あまりの勢いにセイが転げ落ちそうになり、白竜は慌てて飛び上がる。
 痛みに顔をしかめていた白刃は銀色の輝きをはなつ鋭利なそれを紅い髪の青年が金髪の青年に突きつけているのを見て顔色を変えた。
 
「オーディン!?」
 
 悲鳴のような驚愕の声をあげた白刃を見ることなく、オーディンはアルザスに切っ先を突きつけたまま問う。
 
「なんの真似だ」
「なんの真似って?」
 
 首をかしげてとぼけるアルザスの口調に紫紺の目が細められる。白刃はオーディンの背中で周囲の静けさに初めて気がつく。
 
 ヴェスヴィオで見覚えがある感覚。
 
 白刃は周囲を見渡し、そこに自分たちを見ることなく素通りしていく街の住人たちを見る。彼らは皆一様に、色がなかった。あえて言うとすれば音も無いモノクロの景色がそこにある。
 
「なに…?これ」
 
 初めて目にするそれに白刃の声はかすれている。
 オーディンは彼女をさりげなく背後に庇う。その様子をアルザスは目を細めてみた。
 
「安心しろって。何もしない」
「何もしないのなら、結界を解け」
「せっかちだなぁ。人の話は聞くもんだぞ」
「アルザス」
 
 声に凄みが帯びる。
 
 白刃は息を呑んで、目の前の背中を見た。その時、そんな場合でないのにこの青年の背中はこんなに広かったのだろうかと漠然と思う。
 白刃たちの上を飛んでいたセイが場の緊張を感じて、主人である白刃の下に降りてきたのを彼女は両手でその胸に抱くようにして抱える。
 
 オーディンの様子にため息をつき、アルザスは笑った。
 
 白刃ははっとして地面を見る。
 そこには水色の燐光を放つ大きな幾つかの円を描いた文様―――≪陣≫が浮かび上がっている。
 オーディンは剣を構えたまま、アルザスを見据えている。
 アルザスはそんな彼から目を逸らさず笑みを浮かべて告げた。
 
「王都に行くんだろ?…送ってやるよ」
「え?」
 
 白刃が疑問の声を漏らした瞬間、彼女の視界のすべてが歪み、やがて暗転した。
 
 

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