蒼玉の魔女 42
目を開けて最初に飛び込んできたのは。
蒼。
透明でどこまでも澄み切ったその色。
南の海、花の蒼―――文字通り、宝石のようなそれ。
その色が濃くなり、細まる。そこで初めて彼女はそれが人の目なのだと知った。
「初めましてです。≪祝福の姫君≫さん」
そう、白刃よりも小柄な、どちらかといえば子供にしか見えない少女は笑った。
* * *
「どういう風の吹き回しだ」
「べっつにー」
「アルザス」
シュスラーレ国の王都にある王城の中の一室には二人の青年がいた。
一人は豪華で高価だとわかるソファに背中を預け、足を組んでいる金髪に空色の双眸を持った青年とソファには座らず、壁に寄りかかっている赤い髪に紫紺の双眸をもった青年だ。
金髪の青年、アルザスはオーディンに低い声で問われても肩をすくめた。
「俺だってしらねーよ。ただ…」
「ただ?」
オーディンが続きを促す。アルザスの表情が抜け落ちる。
「魔女娘の要望だ」
その言葉にオーディンは目を瞠った。
「…なんだ、と?」
アルザスに強制的に転移させられた先にいたのは、小さな子供、十歳ほどの、栗色の身長ほどの真っ直ぐな髪に青い大きな双眸を持つ少女だった。
気を失い倒れている白刃の体を起こしながら、オーディンは少女を見る。
彼はその少女のことを知っている。
昔、≪傭兵王≫になる以前、彼は王城に来たことがあった。
そのときにもこの少女はいた。
まだ幼い未来の王となる少年の傍に。
この少女はいたのだ。寄り添うように彼のそばに。
王城の魔女。
幼幻なる童(ようげんなるわらべ)。
またの名を≪蒼玉の魔女≫と呼ばれるその幼き魔女は。
部屋の扉を叩く音によってオーディンは現実へと呼び戻された。
* * *
「…魔女?」
「はい。わたしが、ここシュスラーレにいる魔女のヴィヴィラード・ラスリーです。よろしくです」
ちょこんと頭を下げる自己紹介をする子供を白刃はその双黒を見開いて、見詰める。
その目には驚きとちょっとした好奇心が宿っている。
ヴィヴィラードはにこにこと笑っている。白刃はその笑顔に自然に微笑みを返し、室内を見渡す。
「えーと…取りあえず、ここは?」
「王城です」
「おうじょう?」
「はい。シュスラーレ国の王都にある王城です」
「へーそうなんだ……って、はぁ!?」
幼い邪気の無い笑顔で言われた白刃はうなずきかけ遅れて驚きの声をあげたのだ。
* * *
しばらくして、驚きから我に返った白刃はわけが分からぬまま侍女の手によって着替えさせられ、先程いた寝室らしき部屋から別の部屋、ソファなどがある談話室のような場所に魔女であるヴィヴィラードと向き合う形でソファに座る。
「あの子には穏便に丁重にここにつれてきてくださいと頼んだのに、まったく乱暴です」
そう女官が用意したお茶を飲みながらぷりぷりと怒る魔女は、ただの幼い子供にしか見えない。実際に見た目は子供なのだが。
白刃はただ呆然として「はあ」と曖昧な返事をする。
「あの…オーディンは?」
彼女がおずおずと尋ねるとヴィヴィラードはにこりと笑う。
「大丈夫です。もう少ししたら来ますよ」
「そっか」
ほっと安堵のため息をつく白刃にヴィヴィラードは小さく声をあげて笑う。
「アルザスの言った通りです」
「え?」
ヴィヴィラードの眼差しややわらかい声音に白刃は首をかしげた。ヴィヴィラードの蒼い宝石とも言われる双眸が細まった。
「オーディンと仲がいいと聞いたです」
「良くない!」
即座に返事をするとヴィヴィラードが目をぱちくりとさせる。
はっとした白刃は顔を赤くした。それにヴィヴィラードの笑い声をあげる。
「仲がいいんですね」
いや違うから本当にという白刃の胸中の声は当然ながら目の前の少女には届かない。
落ち着いてきた白刃がお茶へと手を伸ばし、少しぬるくなったそれを飲む。
丁度、その時、微笑みながらヴィヴィラードは口を開いた。
「彼は扱いが難しいでしょう?」
誰がとは言わなかったが、白刃にはそれが誰のことかすぐに分かった。
確かに俺様で腹立たしく思うときもあるけれど。
白刃はゆるく漆黒の双眸を細め。
「…ううん、優しい人だよ」
そう穏やかに呟いた。
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