蒼玉の魔女 43


 

 白刃の答えにヴィヴィラードは満足そうに微笑む。そして、外へと通じる扉を振り返り。
 
「いつまでそこにいる気ですか。入ってくるです。アルザス、オーディン」
 
 その言葉に白刃が扉を見るとそれはゆっくりと開き、そのから二人の青年が入ってきた。
 一人は金髪に額あてをした空色の双眸を持った遊び人風の青年、もう一人は腰に剣をさした旅人風の鮮やかな赤い髪に紫紺の双眸をもった青年だった。
 白刃は顔を赤くして口をパクパクさせながら二人を指差す。
 
「い、いいいつからそこにっ!?」
 
 声を裏返しながら問いかける少女にオーディンはしれっと答えた。
 
「まったく乱暴ですの辺りからだな」
「オーディンせめてさっきからって言えよ」
「減るものじゃない」
 
 それはつまり白刃の言葉もばっちり聞いていたわけで。
 
 アルザスの突っ込みにもオーディンはどこ吹く風というように返す。
 白刃は拳を震わせながらオーディンを睨んだ。
 
「こ、このバカ男―!!」
 
 その日、王城の一角でそんな怒声が響いた。
 
 
 
*   *   *
 
 
 
「落ち着いたですか?」
「…なんとか」
 
 うなだれた白刃にヴィヴィラードはにこやかに問いかける。
 アルザスはにまにましながら笑い、オーディンは相変わらずの無愛想でソファに座っている。
 
「それにしてもこの子にバカといえる人がいるとは思わなかったです」
「ですよねー。俺も驚き」
「どういう意味だ、ヴィヴィ」
「は?」
 
 少女と青年の述懐にオーディンの憮然とした声と白刃の間抜けな声が被る。
 白刃とオーディンは思わず顔を見合わせ、二人そろって即座にそっぽを向いた。その様子にヴィヴィラードが声を出して笑う。
 
「ヴィヴィ。アルザスその気色悪い笑みをやめろ」
「いやー、悪い悪い。ね、いったでしょ?面白いって」
「えぇ、面白いです」
「…人で楽しまないで欲しいんだけど。アルザス」
 
 というか、人のことをなんて話してるんだアルザスはと悪態をつく白刃をよそにオーディンとアルザスの会話は白熱していく。
 
「お前、ちゃんと目は見えてるのか」
「見えてるぜ?可愛い女の子が見えなくなったら俺死んじゃう」
「そうか。そんなにあの世が見たいか」
「悪いな。死に場所は美女の胸の中に予約してる」
「…この万年発情駄犬が」
「…なんだよ短気バカのガキが」
「………」
「………」
 
 青年二人の言い合いにもはや止める気も失せた―――というより呆れた―――白刃はにらみ合っている二人の間の床が轟音と共に無くなったのを見て、唖然とした。
 青年二人はそろって白刃の向かい側で優雅にお茶を飲む魔女を見る。
 
「ヴィヴィ」
「城を壊す気か!?ヴィヴィ!」
 
 オーディンの邪魔をするなといわんばかりの声音とアルザスのどこか必死な声を聞きながら白刃は冷や汗を流す。
 
 向かいにいる少女の背後に暗雲が立ち込めているような気がするのは気のせいだと思いたい。
 気のせいだそうに違いないと暗示をかける白刃をあざ笑うかのようにヴィヴィラードは花のような無邪気な微笑みを浮かべた。
 
「わたしの話を聞く気がありますか?」
 
 瞬間、室内の空気が一気に凍った。
 
 
 
*   *   *
 
 
 
 
「さて、やっと落ち着いてお話ができるです」
 
 ぽんと両手の手のひらを合わせて微笑むヴィヴィラードは無垢な笑顔を浮かべている。がその隣にいるアルザスの顔にはアザなどが見受けられる。ちなみに白刃の隣に座るオーディンの顔にもひっかき傷などが走っている。
 あそこまで固まったオーディンを見たのは初めてだったなと白刃はひそかに感心をしていた。
 
「オーディンと白刃さんは≪契約≫をとくためにここを目指していたということはアルザスから聞いてます。そこで」
 
 ヴィヴィラードがびしっと片手の人差し指を上げる。
 
「≪契約≫の解呪をしながら、お二人にはここにとどまってもらいます」
「え?」
「なんだと?」
 
 白刃が驚き、オーディンは顔をしかめ、ヴィヴィラードに問いかける。
 
「すぐには出来ないのか?」
「ぱっと見たところ≪陣≫が複雑で入り組んでいるので正直、難しいです。少しずつ解いていくことになるです」
「ちっ」
 
 ヴィヴィラードの説明にオーディンが忌々しげに舌打ちをし、白刃はその隣で表情を曇らせた。
 あの時の怒りに燃える紫紺が脳裏に浮かんで消える。
 
 そこでアルザスが口を開く。
 
「安心していい。ただじゃない。オーディンには陛下の護衛や騎士の仕事を手伝ってもらうし、白刃ちゃんはヴィヴィの世話係をやってもらう。まあ、ようは弟子だな」
 
 白刃がヴィヴィラードを困惑と驚きをもってみると≪蒼玉の魔女≫と呼ばれる少女は外見どおりの幼い微笑をみせ、それに白刃も微笑を返し「よろしく」といったのだ。
 
 隣で不機嫌になっている青年のことはあえて触れずに。

 


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