道化たちの宴 48


 

 それは声にならない声。
 悲痛な叫びだった。
 
 
 その紅い鮮やかな髪の色と同じものが廊下に散る。
 瞬間、白刃は自分の鼓動が鳴ったのを聞いた。
 
 現実味が薄くなっていく。
 自分はここに立っているのかすら、曖昧になっていく。
 
 誰かが彼女の腕を引いた。
 
 見上げてみると金髪の青年。
 
 これは誰。
 
 振り上げられた短剣。
 
 膝を突いているのは。
 
 紅い髪の―――。
 
 白刃の脳裏に波紋が広がり。
 
 浮かんだそれ。
 
「オーディン!!」
 
 意志のままに叫ぶ。同時に巨大な≪陣≫を組んだ彼女は、その溢れんばかりの魔力を解放する。
 
 直後、王城を揺るがすような爆音が響き渡った。
 
 
 
 
*   *   *
 
 
 
 
「…それでオーディンの方は?」
「大丈夫です。ただ……」
「彼女の方かい?」
 
 王の執務室で、報告をしていたアルザスは沈黙をもって王の問いかけに答えた。
 城の廊下を大破したのは、アルザスのお陰で命拾いをした暗殺者ということになっている。が、実際には白刃が魔法を行使したためだった。
 それもかなり上級で攻撃性の高いそれを。
 爆音の後、ヴィヴィラードがすぐさま駆けつけ、呆然とした白刃とそれを支えるアルザス、周囲にいた武官たちに指示をだし、すぐさまオーディンを治療して、今は廊下を直している。
 
「ヴィヴィが言うには≪契約≫の≪陣≫自体に仕掛けがあるらしいよ。多分、それだね。今回のは」
「………俺はそれを聞いてませんが」
「今、言ったからね」
 
 微笑むユリウスにアルザスの顔が引きつる。
 この狸がと胸中で毒づく。
 
 白刃は知らないが、この王は軍人王だ。しかも、頭の切れる名君でもある。
 柔和な微笑みと穏やかな雰囲気でそうは思えないが、彼は先を読んで用意周到に相手を追い込み、尚且つ最期は自滅ではなく自らの手で終わらせるといった人間だった。
 
 そうやって、彼は実の叔父を、先代の王を廃したのだから。
 
「さて、アルザス」
 
 その穏やかな声音が変わる。
 
 絶対の王のそれに。
 硬質で逆らうことの出来ない怜悧な声音。
 
 この声音を聞いたときに、いつもアルザスの中に沸きあがるのは王の【狗】という確かな誇りだ。
 
「暗殺者の方はどうだい?」
 
 その酷薄な笑みにアルザスは表情を消して、王の【狗】として唇を開いた。
 
 
 
 
*   *   *
 
 
 
 
 薄暗い部屋でシーツを頭からかぶり、丸まっている『それ』を見て、青年がまず思ったのは『団子』だった。
 
 部屋の扉をノックも無く開け放ち入ったオーディンは、その固まりの傍にいるセイを見てそれがなんであるか知った。
 セイは誰が入ってきたのかわかったのか、オーディンの方へ飛んできてその服のすそを噛むと引っ張る。
 ベッドの上の方で丸まっている―――膝を抱えたような格好で座っているのだろう―――それの元に。
 暗殺者の毒はヴィヴィラードのお陰で中和されたが、まだかすかな痺れを残す体はたやすくセイのなすがままになる。
 
「………」
 
 無言で固まりを見下ろす。
 セイは大人しく足元の方でオーディンとその固まりを交互に見上げる。
 彼はため息を吐いて、その手を伸ばし頭があるであろう場所を。
 
「………………いっっっっ!!」
 
 がつんと思いっきりぶん殴った。
 声もなく悶絶しているであろう固まりの中の主は未だに出てこない。
 オーディンは、そのままベッドの端へと腰掛け、後ろへ体を傾けた。
 
「重いんだけど」
「そうか」
「…重いんだけど」
「それがどうかしたか」
「………」
 
 ぐぐもった声にどうでもよさそうに返事を返すオーディンは、背後の寄りかかった固まりの空気が怒っているのを感じる。
 
「なにをいじけてる」
「別に…いじけてない」
「ならなんで閉じこもっている」
「気分」
 
 らちが明かない。
 
 そう思って彼は白いシーツを掴んで勢いよくはがした。

 


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