道化たちの宴 50


 

 アルザスの報告を受けて、オーディンと白刃はユリウスの下を訪ねた。
 外は暗く、訪ねるには少し夜になりすぎていたが、この場合は仕方ないと思っている。主にオーディンは。
 案の定、ユリウスは少し驚いた顔をしたが、快く迎えてくれた。そしてアルザスにヴィヴィラードを呼ぶようにいい、彼女が来てから本題へと入った。
 
「オーディン、十年前のロウゼン子爵のことを覚えているかい?」
「ロウゼン?」
 
 いぶかしげな顔をするオーディンにユリウスがやっぱりねと笑う。
 
「君がこっぴどくフッたマリエラ・ロウゼンは?」
 
 こらえきれないように肩を震わせながら問うユリウスにオーディンは誰だそれといった視線を向ける。
 白刃はそれだけで何があったのか大体、把握してしまい頭を抱えた。
 
「逆恨みですか?」
 
 オーディンたちは敬語を使っていないが、ユリウスは国王だ。そのため白刃は一応、丁寧に接している。
 
「まあ、そうですね。最も、逆恨みしているのは彼女本人ではなく、その兄の子爵ですが」
「へ?」
 
 白刃にヴィヴィラードが答える。彼女はユリウスへと目をやる。
 
「この人もそのご令嬢を振ってますから」
 
 なんだとと白刃が目をむく。
 ユリウスはさらりと笑みを浮かべる。
 
「彼女は好みじゃなかったしね。第一、頭の弱いのは嫌いだね」
「お前の方が酷いな」
「オーディン、人のこと言えないと思うぞ」
 
 アルザスがオーディンに疲れたように突っ込む。
 白刃は柔和な顔をした国王から出た発言に唖然としている。
 
「その子爵がこれを狙ったのか?」
「です。今日の方は暗殺者というよりは私兵に近い方だったようで、よく話してくれましたよ」
「そうか。その子爵がいる所は?」
 
 ユリウスが軽く目を瞠る。他の面々も驚いたような顔をして彼を見る。
 
「行く気かい?」
「それがどうかしたか?」
 
 平然と答えるオーディンにユリウスの緑の双眸に一瞬、光が走るがすぐに消えた。彼はため息をつくと、苦笑を浮かべる。
 
「止めても行くんだろうね」
 
 無言でオーディンがユリウスを見る。
 それは言葉よりも雄弁な肯定の証。
 アルザスが仕方ないといったような笑みを浮かべている。ヴィヴィラードは微笑み、白刃は心配げな表情を浮かべる。
 
「わかった。子爵は丁度、王都の邸宅にいる。アルザスが確認してきたから間違いない。邸宅は三番通りの西の端」
「わかった」
 
 そういって部屋を出て行こうとオーディンがきびすを返す。白刃はユリウスたちとオーディンを交互に見て、彼らに一礼すると部屋を出て行ったオーディンを追った。
 廊下に出るとオーディンはずいぶん先を歩く背中を追いながら声をかける。
 
「オーディン!」
「なんだ」
「一緒にいくよ」
「邪魔だ」
「オーディン」
 
 オーディンの歩みが止まる。白刃はオーディンに追いつき、その前に出る。
 
「行く」
 
 狙われたのは自分だ。その自分が行かないのはどうなのだろうか。
 
 確かに足手まといかもしれない。
 邪魔かもしれない。
 それでも。
 
 オーディンが紫紺の双眸を細める。
 
「オーディ…ン…?」
 
 その時、腹部に衝撃が走って白刃の視界はそのまま暗転した。
 崩れ落ちた体を抱きとめる。
 
 背後にある気配に彼は振り向かなかった。
 
「つれていかないのかい?」
「………」
「それとも見せたくない?」
「何が言いたい」
 
 白刃を抱き上げたオーディンが振り返る。
 ユリウスはうっすらと笑みを浮かべる。柔和はそれでなく冷笑に似たそれを。
 
「人を殺すところを見せたくない?血を見せたくない?それとも…人を斬る自分を見せたくない?…そのきれいなお姫さまには」
 
 揶揄するような言葉に紫紺の双眸が険をはらむ。
 ユリウスは肩をすくめて、一歩とオーディンに近づく。
 
「彼女は預かるよ。大切な客人だからね」
 
 ユリウスが手を差し伸べるが、彼はそのままきびすを返す。目を瞬かせるユリウス。
 
「朝には戻る」
 
 そういい残し廊下の角を曲がった友人の背中を見ていたユリウスの目が不意に細まる。
 
 十年前、この城にいた彼は孤高だった。
 誰も寄せ付けなかったその刺々しくも冷たい拒絶をまとった傭兵王。
 
 軽く頭を振る。過去の残像を消すかのように。
 
 ふいに見上げた空に輝くのは青い月と白い月。それを見ながら呟く。
 
「……君はどうしたいんだい?オーディン」
 
 
 その小さな呟きはそのまま空気とけて消えた。
 

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