道化たちの宴 51


 

 宵闇の中を赤い影が走る。
 目的は、こちらに降りかかってきた火の粉を振り払うこと。
 それが、相手の息の根を奪うこととなるのか、それとも社会的な抹殺か、もしくはこれ以上なにも出来ないようにするのか。
 
 オーディンは大きな屋敷の外壁のそばで息をつく。
 確実に三つの内の二番目はない。
 標的がユリウスならば、一番目しか選択肢はない。
 オーディンは外壁を見上げる。
 諜報活動などをしたことはないが、それなりに場数は踏んでいるだけあって、こういったことも彼は得意だ。
 
 傭兵といえば、金でどんな依頼も受けるただの金の狗なのだから。
 
 そう自嘲にも似た笑みを浮かべながら、壁の一角にある裏口へと回る。≪術≫で鍵を壊し、敷地内へと身を躍らせた瞬間。
 
 交差する銀色。
 
 剣を抜いたオーディンは、影の首へと切っ先を向ける。相手は金髪に空色の双眸を持った青年。
 
「おっかねー」
 
 口笛を吹くような口調のアルザスにオーディンは眉間にしわを寄せた。同時に周囲にいる気配に怪訝な視線を送る。
 
「もう少し、待ってくれるか?オーディン」
「どういうことだ?【狗】が動くまでもないはずだ」
 
 オーディンが剣を引きながら言うとアルザスは口元に笑みをはく。
 
「これから動かないといけなくなるんだよ。……王の命の下に」
 
 その言葉にオーディンは軽く目を瞠った。
 
 
 
*   *   *
 
 
 
 目を覚ましたそこは今、寝起きしている部屋だった。
 腹部に走る鈍痛は現実だと教えてくれる。
 
「…んの、俺様が」
 
 最初に口に出たのは悪態だ。彼女の旅の同行者であり契約者である青年への。
 ベッドの上に載ってきていたセイが手に頭を摺り寄せる。
 それに微笑みベッドを降りると、当然のようにセイが肩に乗ってきた。白刃もそれを違和感なく受け入れる。
 
 一人でいってしまった青年の背中が脳裏に浮かんだ。
 
 どうして一人で何もかもしてしまうのか。
 足手まといで何も出来ないのはしっているけれど。
 それでも。
 一人で背負わせたくはないと思うのに。
 結局はいつも守られている。
 
「……どうしたらいいのかな」
 
 苦笑し、ため息をつくとふいに何かを感じて、白刃は天井を見やる。
 
「なに、この…気配。…魔法?」
 
 脳裏によぎるのは。
 転移、魔法士、魔獣という言葉。
 
「転移してきた?…魔獣や魔法士が?こんな時間に?」
 
 若干、違和感はあるものの脳裏に浮かんできた知識を彼女は気味悪く思いながらも活用する。
 セイがうなり声をあげる。その視線は扉を向いていた。
 
「…何?セイ、どうし…」
 
 突然、白刃の言葉をさえぎるように獣の咆哮が重なり、扉が吹き飛ぶ。が、それは彼女を傷つけることはなかった。
 セイが燃やした扉の灰が降り注ぐ中、大破し扉の残骸が転がるそこにいたのは、ライオンのような体躯に尻尾を三本持ち、鋭いつめに角を持ち、口からは牙とよだれを垂らした獣。
 
「うわぁい…」
 
 と、ひきつった笑みを浮かべながら白刃は身構えた。
 
 
 
*    *    *
 
 
「来たね」
 
 闇の中、静かに零れ落ちた声には焦燥や怒りも感じられなかった。ただ、城内のあちこちから聞こえてくる爆発音や喧騒から切り離されたかのようにその場所は、平素となんらかわらない空気があった。
 
「はいです。予定通りです」
 
 そのとき執務室の一角に影―――王の【狗】が現れる。
 
「報告します。東翼では私兵と武官たちがぶつかり、魔法士たちは魔獣の対処に追われていす。ばらくは苦戦を強いられるかと。西翼では相手の魔法士を食い止めている状況です。送り込まれた私兵は三十人ほどで、ならず者が多い様子、魔法士は最高位で第三階位の者がいるようです」
「第三階位、しかも三十人のならず者ね。……愚かだね」
 
 空気が変わる。
 
 冷たく澄んだ、刃のように。
 纏うのは覇者の空気。
 
 王であるユリウスが唇に笑みを浮かべて椅子から立ち上がる。
 
「俺もでよう。ヴィヴィ」
「はい」
 
 呼びかけにヴィヴィラードはいつもと変わらない微笑を浮かべる。
 
「西翼の魔法士たちを任せる。それと、あの娘も」
「御意」
 
 頭を下げ、礼をとるヴィヴィラードの前を通り過ぎ、肩にかかっていた長布を翻えしながらユリウスは【狗】と共に部屋を出て行った。
 そして、王を見送ったヴィヴィラードは瞬時に、そこから姿を消した。
 
 
 それはシュスラーレの歴史の中で後に『ロウゼンの悲劇』と言われる、謀反の起こった夜の出来事だった。
 
 

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