道化たちの宴 52
咆哮と魔法が激突して、爆発が起こる。
白刃は煙の向こうにある影に魔獣に魔法が効いてないことを悟る。
「ああ、もう!!無駄に頑丈な魔獣だなぁ!!」
魔獣の尾がうなりをあげ鞭のようにしなる。即座に結界をはりそれを弾く。
セイは彼女の肩に乗り、うなり声を上げたまま警戒している。
白刃の部屋に現れた魔獣は一匹。
今回は何とかしなくてはいけない。あの赤い髪の青年はいないのだ。
結界を解くと同時に、水の刃を放つ。
頭に浮かんできた知識を最大限に活かしていく。
この知識も怖い。自分に何がおこっているのかもわからないから怖い。
それでも。
「…死んだら、怒るからね」
自分は彼の命も今、背負っているのだから。
一つ呼吸をして、真っ直ぐに魔獣を見詰める。その漆黒に走るのは刃のような光。
彼女の脳裏に浮かんだ≪陣≫。
指を弾き、それを迷い無く行使すると、王城に爆音が轟いた。
* * *
「どういうこ…」
アルザスに告げられた言葉にオーディンが聞き返そうとしたときだ、公爵邸の一角から転移の気配を感じ、彼は弾かれたようにそちらをみやる。
同時に感じるのは魔獣の気配。
「始まったな。公爵の確保が最優先だが………邪魔をするやつは斬れ。行け!!」
アルザスの部下、王の【狗】たちは非情な命令を聞くとその身を闇へと躍らせた。
彼はこちらを睨んでいるオーディンを見る。
「王からの依頼だ」
「…なんだと?」
「公爵はもともと先王の従兄弟。ここ最近、不穏な動きがあった。そこで今回、王が動いたと言うわけ。わかるだろう?」
そのアルザスの言葉。
抑揚の無い声音とは裏腹なうっすらと浮かべた笑み。
それでもその冥い双眸は研ぎ澄まされた殺気をもっていた。
それだけで―――充分だった。
「王城は?」
「ヴィヴィたちがいるからな。他の【狗】もいる」
アルザスはオーディンが誰を気にしているのかわかっていた。が、彼は冷淡に王からの依頼を伝える。
「王からの依頼は、ここの転移を封じること。剣で斬ってくれ。魔獣を召喚している≪陣≫もな。そうすれば≪陣≫を壊せば取りあえず、あの娘の危険性は減る」
刹那。
空気を凍りつかせ突き刺さるような怒気と殺意がその場に満ちる。
濃密なその空気に指一本も動かすことも、呼吸することも出来ないような緊張感が漂う。
空気が確かな圧力をもってアルザスの肩にのしかかる中、彼は別になにも感じてないようにオーディンを見る。
「守りたいと思うのならば、ここでこうやっている暇はないんじゃないか?オーディン」
「お前…」
「それとも…どうでもいいのか?」
抑揚のない声音でアルザスは薄く笑った。
「いいのか?あの娘が死ぬぞ?」
紫紺の双眸が鋭くなり、さらに空気が重くなった瞬間、夜の静寂に爆音がとどろいた。
とっさに視線をやるとそこには煙を上げる王城。
「オーディン」
「ちっ」
舌打ちをすると同時に外套を翻し、オーディンは闇に消えた。それを見送りながらアルザスは薄く笑う。
「大丈夫だ。まったく……嫌な役回りだな」
闇にとけている公爵邸を見上げ、彼らもその場から姿を消した。
* * *
「派手にやりすぎたー」
かつて自分の部屋だった場所を見上げて、白刃は苦笑した。
心なしか顔がひきつっている。
彼女がいるのは部屋のバルコニーの下。庭の芝生の上だ。
頭に浮かんだ≪陣≫を発動させ、そのあまま窓から外へと飛び降りたのだ。
もちろん衝撃も風で和らげて。
そしてはっと顔を引き締める。
感じた転移の気配に身構えると、そこから現れた人物にほっと安堵した。
「ヴィヴィ」
「派手にやりましたですね」
ヴィヴィラードは他の場所で魔獣と交戦中に莫大な魔力を感じ、その直後に城内中を揺るがすような爆発があったから来たものの、どうやら杞憂に終わったらしい。
白刃の部屋があったあたりを見ながら言うヴィヴィラードに彼女は苦笑した。
「それより、これ何があったの?なんか騒がしい気が…」
「ああ、魔獣とどこかの大バカの愚か者の騎士さんや雇われ傭兵たちが反乱を起こしたんです」
「は!?」
はんらん。はんらんてあの反乱かていうか大バカの愚か者って…。
白刃は目を白黒させてヴィヴィラードを見下ろすと彼女はいつもと変わりない表情で、白刃はそれを見て、ため息交じりに笑みをこぼした。
「取りあえず、全部教えて。何があったのか、どうしてこうなったのか。全部」
ヴィヴィラードは満面に愛らしい笑みを浮かべ頷く。
「はいです。じゃあ片付けながら行きましょう」
ヴィヴィラードが庭に面した廊下をみる。白刃がつられてそちらに目をやると、そこには何体かの動物のような魔獣と剣を構えた男たちがいた。
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