道化たちの宴 54
「何をしている。急げ。出来るだけ多くの魔獣を送り込むんだ」
オーディンを背後か刺した男は魔法士たちに命令する。残りの魔法士たちがその命令どおりわれに返るや否や≪陣≫を発動させる。
その様子を見ていた男の視線が不意に動き、とっさに後ろへと飛びずさった。
「ほう」
感心したような色を含ませ、男の目はそこに立ち上がっている紫紺の双眸を持った青年に向けられていた。
灼熱の痛みが全身に走る。
「その傷でやるのか?傭兵王」
「当然だろう」
男の揶揄するような声に彼はうっすらと笑みを口元に浮かべた。
傷はじわりと痛みを増し、血は服や床にしみを作っていく。が、それがどうしたというのだろうか。
彼が今までいた場所は傷をいちいち痛がってなど言っていられない場所だったのだから。
戦場とはそういう場所だった。
傭兵とはそういうものだった。特にオーディンは。
だからこそ、目の前の男には感謝するべきだろう。
オーディンにここが戦場なのだと、命と命を奪い合う場なのだと、自分は≪傭兵王≫なのだと思い出させてくれた相手に。
金髪に蒼い目を持った男のしゃがれた声は年を感じさるそれだったが、その服の上からでも分かる鍛えられた四肢は若者のそれのようだった。
オーディンは一瞬で、男との間合いをつめ、剣を降ると男は横へ体をずらし避ける。
彼の腹部から流れる血が床にしみを作っていく。それでも痛みなどないように剣を振り、男の剣とかち合う。
男は腕に走る衝撃にその蒼い双眸に驚きの色を浮かべた。
「怪我をしているとは思えないほどの力だな」
「そうか」
オーディンが剣を滑らせ、男の剣を弾く。そのがら空きになった胴体へと剣を走らせ―――後ろへ避ける。彼の体があった辺りをぶんと音を纏った足が通り過ぎる。
「殺すには惜しいな」
「当然だろう」
単調な声音で呟く男にオーディンは軽く返事をした。ふいに男は彼に探るような目を向けた。
「お前はなぜ、この国の連中に手を貸す」
その言葉は彼が言われなれてきた言葉だった。同時に【魔眼】をもつ者が誰もが抱く思いだった。
苦い記憶が蘇ってくる中、オーディンは相手を見据える。
「あんたに関係あるのか」
剣を構える彼に男は可笑しそうに笑う。
「それもそうだな。だが、【魔眼】をもつお前にとってはそうではないだろう?」
「関係ないと言った筈だ」
「…愚かだな」
男が剣を構える。
「お前がな」
会話が終わる。その一瞬の静寂の後にどちらともなく踏み込む。
剣と剣がぶつかりあう。
もはや言葉は必要なかった。
* * *
ことの発端は、公爵の領内に潜入させていた王の【狗】からの報告だった。
それは不正に税をとっているといったもの。
「そこで、他の【狗】たちにも調査をさせたのです。その結果、不正な税の徴収だけではなく領内で商人たちと不正な取引をしていることもわかったのです」
そう話をしながらヴィヴィラードは、ある程度、大きな広間の床にいくつかの≪陣≫の準備をしていく。
それは転移してきた魔獣や騎士たちを迎え撃つてめに強制的に転移の場所をこちらに移すものだ。
ユリウスは剣を片手に武官や魔法士たちに指示を出している。
「ですが、ロウゼン公爵は力をもった貴族です。そして現当主は先王の従兄弟にもあたるのです。それになかなかしっぽを出してくれませんでしたし、裏づけも難しかったのです。そこで、偶々アルザスの報告であなたとオーディンを知り、ここに呼んだのです。もちろん第一に、わたしがあなたに会ってみたかったんですが」
「あたしに?」
「はいです。…ああ、ここをお願いしますです」
白刃はヴィヴィラードの≪陣≫の所々に魔石を置いていく手伝いをしていた。それをしながら今回のことを聞いていたわけなのだが。
「どうして、あたしに?」
「それはまた後ほど」
にこっと微笑まれ、白刃は誤魔化されている感がある気がしたが、今回のことが知りたかったので突っ込まない。
「それで、ロウゼン公爵のオーディン嫌いを利用して、忍び込ませた魔法士にオーディンに対して何か働きかけるといった暗示をかけたりと仕掛けをしたんです」
「は?じゃあ、あの暗殺騒ぎって…」
「まあ、あなたを狙えば彼は動かざるを得なくなるでしょうから」
白刃はなんともいえない顔をした。ようはダシにされたのだ。
「もちろん、あなたを暗殺できないようにこちらも警備など万全にした上で、です。そして、業を煮やした公爵自身に墓穴を掘ってもらうというのが今回のあらましです。…っと、出来たです」
≪陣≫の準備を一通り終えたヴィヴィラードが満足そうにうなずく。
「それで、その謀反を理由に公爵を捕らえて、今回のことを終わらせる、か」
「正解です」
その口調に白刃は年下の少女にほめられているような気分になり、苦笑した。
「オーディンは、怒りそうだな」
「あなたを巻き込みましたですしね」
「いや、そういうのじゃなくて…」
「違うのですか?」
そう無邪気にも問いかけられ、白刃は言葉に詰まる。
彼はそういった人の思惑の中で動くことを嫌う。
利用させることを嫌うのだ。だから。
「あたしに何かあっても怒りませんよ」
軽く笑みを浮かべながらいう白刃にヴィヴィラードは首をかしげながら言った。
「そうですか?でも、彼が誰かを慰めたりするのをわたしたちは見たことありませんよ?」
何で知ってるんだ、ていうかそうなのかと驚いている目をぱちくりさせて白刃にヴィヴィラードは悪戯っぽく笑った。
「わたしは王城の魔女ですよ?」
そう言って。
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