道化たちの宴 55


 

 爆発音に怒声が入り乱れる城内には魔獣のうめき声も混じって、さながら地獄絵図。
 
 それをある少女に言わせると。
 
「幽霊屋敷というか、肝試しにはもってこいだなぁ」
 
 などど呑気に構えていた。
 
 視線の先にはヴィヴィラードによって張り巡らされた≪陣≫に絡み捕られ動けずにううなり声を上げている魔獣たち。
 先程、うるさかったそれをヴィヴィラードは。
 
『静かにしないと……潰しますです』
 
 童女のそれで言いながらも、魔力と黒いものををこれでもかと背後から放出すると大人しくなった。
 
「意外に、可愛いものだね」
「うわっ」
 
 背後から聞こえた声に白刃は飛び上がる。
 
「王様」
「ご苦労様。悪かったね」
「………」
 
 そう柔和に微笑むその人を見て、白刃はうつむく。そんな彼女を覗き込むようにユリウスはかがむ。
 
「どうしたんだい?」
「…それは……」
「ん?」
 
 ユリウスは白刃の言葉に首をかしげる。そして、顔を上げた彼女の目を見て、彼はその緑の双眸を瞠る。
 
「オーディンに言ってください」
 
 自分を睨みつけるその漆黒には怒りや憤り、そして悲しみに似た色が宿っていて。
 
 ユリウスは胸中で笑った。
 これか、オーディン。君が守りたいのは。
 
 睨み付けるような彼女の視線を受けながらユリウスは柔和な笑みを崩さない。その彼の背後からヴィヴィラードが駆け寄ってきた。
 
「白刃さん?どうかしたですか?ユリウス、何を言ったのですか?」
 
 心配そうに聞いてくるヴィヴィラードの声に白刃は我にかえる。後半はユリウスにとがめるような声音だ。
 
「…なんでも、ないよ」
 
 そういうしかなかった。
 
 これじゃ八つ当たりだと後悔にも似た思いが渦巻く。
 自分をダシにされたということ。オーディンの枷になっていしまったという事実。
 利用されることを誰よりも嫌っているのに。
 
 同時に、少し前から感じる嫌な予感がある。
 不安のような、焦燥を含んだそれに白刃は眉を寄せる。
 
「白刃さ…!?」
 
 ヴィヴィラードが様子のおかしい白刃を呼ぼうとして、その身に緊張を帯びる。ユリウスも警戒の色を顔に映し、ヴィヴィラードの視線の先へ目をやり―――。
 
 転移の≪陣≫がそこに現れる。
 その中央にいるのは二人の青年。一人は金髪。もう一人は。
 
 服を染めるのはその髪と同じ、赤。
 
 ぐったりとしてアルザスに支えられているその人を見て、白刃は言葉にならない悲鳴を上げた。
 
 
 
*     *      *
 
 
 
 
 剣が相手の腕を裂いた。そのまま踏み込み、胴を薙ごうした剣を止められ彼は舌打ちをした。
 すぐさま振り下ろされる男の剣をオーディンは後ろへ下がって避ける。
 
「惜しいな。それだけの腕をなぜあの王に使う?」
「依頼だ」
 
 非常に不本意なというのはのどの奥へ飲み込む。
 オーディンはもはや数え切れないほどの傷を作っている男の背後にいる魔法士を見る。≪陣≫が浮かっている。こうしている間にも魔獣は王城へと召喚されてるのだろう。
 
「お前の【魔眼】はあの王のために使うのは惜しいと思わないのか?」
「何が言いたい?」
 
 傷のせいで視界が霞む中、そんなことも億尾にも出さずに男を見据える。
 
「お前の部族を滅ぼした国の王だぞ?」
「………」
「憎いとは思わないか?なぜとは思わないか?」
「黙れ」
「仇を討ちたいと…」
 
「黙れといった」
 
 声は男の後ろから聞こえた。
 一瞬で、間合いを詰めた彼は背後から男の背中を斬る。驚愕する暇さえ与えなかった。
 
「ひいっ」
 
 魔法士の引きつった声がオーディンの耳に届く。
 彼は倒れた男の首めがけて剣を振るった。
 
「オーディン!」
 
 公爵を拘束したアルザスが丁度、部屋の入口に転移してきた。が、彼が見たのは鮮血と共に飛ぶ人の首だった。
 彼の体を染める赤とその光景に思わず目を見開いたアルザスに一瞥をくれ、オーディンは魔法士を振り返る。
 
「た、助けてくれ。何でもする!だからっ」
「だからどうした」
 
 オーディンを見た魔法士は息を呑む。
 
 その紫紺には冥(くら)い色が宿っていた。それでいて炯炯(けいけい)と光を内包し煌めいていた。怒りによって。
 
 魔法士はそれを見ながら、視界の端で銀色が振り下ろされたのを最期に意識が途切れた。
 魔法士ごと≪陣≫を壊したオーディンは、息をつくと同時に崩れるように肩膝を突いた。
 
「オーディン!」
「うるさい」
「大丈夫か!?」
 
 自分を支えているアルザスの声を聞きながら、彼の脳裏に涙に濡れた漆黒の双眸が浮かんで消える。そして意識を手放した。
 
 
 ―――まず、怒るなと薄く笑いながら。
 
 

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