新たなる旅立ち 71
「というわけです。以上が、今回の解呪の真相です」
シュスラーレ国国王の執務室にいるのは、この部屋の主たるユリウス、その護衛であるアルザス、王城の魔女ことヴィヴィラード、そして、傭兵王の名を冠するオーディンと今回の中心人物といてもいい白刃だ。
「は−、白刃ちゃん、あの魔女の孫かぁ」
感心したように言うアルザスに白刃は困ったような笑みを浮かべる。
「実感ないけどね」
「それだけ魔力があれば、まあ納得は出来るね。で、オーディン、君はなんでそんなに不機嫌なんだい?まったく、自分に話してくれなかったからといって、いつまでもむくれているのはどうかと思うよ」
「どこの誰がガキのようにむくれてると?」
「そんな風にいうところがガキ臭いよな」
「アルザス、また斬られたいか」
剣呑な声が隣から聞こえ―――ついでに冷気も感じ、白刃はひやひやする。話を終えたヴィヴィラードはくすくすと彼らのやり取りを笑いながらみている。大物だ。
「で、あなた方はこれからどうするんですか?」
ヴィヴィラードの穏やかだが、核心を突いた言葉に白刃の表情が一瞬だけ固まる。
オーディンと彼女はこのために王城へ、ヴィヴィラードの元に来たのだ。その目的は契約の解呪。
だが、それは結局、時間が来ればとけるというものだった。実際に彼らを縛っていた距離の制限を初めとした数々の制限は無効になっている。あるのは、契約という名の刻印だけ。いわば飾りだけだ。
解呪を望んだ最大の理由である、命を繋いでいる契約の効果も微弱なものになっている。
オーディンが、白刃が―――一緒にいる理由はない。
オーディンが好きにするといえば彼女はそれを引きとめられない。ついていくと言ったのは言ったのだが、不安はある。
拒絶されれば、彼女には無理についていく理由がないのだ。
そんな彼女の不安を知ってか知らずか、白刃の隣の青年はあっさりとのたまった。
「契約はまだ解呪されてないんだ。コレを放っておいたら俺の命が危ない」
なぜわざわざそれを聞くんだというようにヴィヴィラードをみる。ヴィヴィラードは朗らかに笑った。
「素直じゃねーなぁ」
「本当だね」
「何か言ったか、この駄犬と変態王」
白刃は呆然として彼らの応酬を見ていた。
脳裏を巡るのはオーディンの言葉だけ。
それは一体どういうことなのだろうか。それは、それはつまり―――。
さまよう白刃の視線とヴィヴィラードの優しい眼差しが重なる。
「よかったですね。白刃さん、オーディンはあなたを離したくないようですよ」
「ヴィヴィ、耳が遠くなったか。誰がそういった」
「白刃ちゃん、こんなヤツに愛想つかしたら俺のところにおいでね。歓迎するよ」
「アルザスは気ままだからね。僕のところへおいで。退屈しないよ」
「オーディン、わたしに喧嘩を売っているんですか?」
と、それぞれがそれぞれの主張をする。白刃はぽかんとして、耐えられないというように噴出した。
「ほら、アルザス笑われているよ」
「俺ではないと思うのですが…」
「あなたたちでしょう」
「お前たちだろうが」
安堵したのか、ただ単純に面白いのか白刃には分からなかった。ただ、わかるのは。あんなに不安だったのが可笑しくなるくらいに、幸せだと思ったのだ。
* * *
オーディンの傭兵としての旅に一緒に出るのであれば、白刃には自分の身を守る術が必要だろうということで、ヴィヴィラードと最後の授業をするべく、ヴィヴィラードと白刃は部屋を出て行った。
男たちは執務室に残され。
「むさいね」
「王……」
「………」
仮にも一応、大国の王であるユリウスが放った第一声にアルザスは呆れ、オーディンは何もいわずに冷たい視線を彼にやった。
彼らの反応にもユリウスはのどの奥を震わせて笑う。
「オーディン」
「なんだ」
「自覚したのかい?」
何をとは言わない。聞かない。しんとする執務室の空気は不思議なほど穏やかだ。
ユリウスは友人を見る。オーディンはその翡翠の双眸を見返した。その紫紺に普段の鋭さはない。
「お前には関係ない」
「そうだね。それでも、オーディン、彼女の存在は危険なものでもあるんだよ」
その言葉にアルザスの体が強張る。ユリウスのまとう空気が一変した。
「何が言いたい?」
オーディンの声が平坦に、低くなる。それはどこか詰問に近い。ユリウスの翡翠の双眸には穏やかな色ではない、冷酷な覇気を感じさせるそれになる。例えるなら深く暗い迷いの森の翠。
「彼女が、あの魔女と同じようになるのなら…」
「殺すと?」
短い問いかけに、アルザスが身構える。
決して大きくない呟きに似たそれに混じったもの。
底冷えするような声。
温度を感じさせない紫紺。
圧倒されるほどの怜悧な覇気。
びりびりと肌を刺すそれは、純粋な殺意だった。
アルザスがその顔に緊張を滲ませながらも、ユリウスは変わらずオーディンをみた。
「さぁね。ただ、一つだけ」
翡翠の双眸が細められる。緩やかに、穏やかに。
春の木漏れ日のように。
「僕は君の幸せを願っているよ」
それは遠い日の昔、彼が冷たく凍えた紫紺の双眸を持った少年に告げた、今でも変わらない願いだった。
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