新たなる旅立ち 72


 

 城内の一角、騎士たちの修練場とは違った開けた場所には、魔法によって強力な結界が張られていた。その薄い膜の中で、大きな地面を揺るがすような爆発が起こる。
 
 舞い上がる粉塵。土ぼこりがはれていくとそこには黒い髪の少女が、顔や服に泥遊びをしたような子供の姿を連想させるような―――それだけ、土をつけくたびれた格好で―――そこに立っていた。
 
「ダメだなぁ」
「だめですね」
「うっ。……そうだよねぇ…」
 
 参ったなというように眉間にしわを寄せる白刃の呟きに、彼女の背中に声をかけたのは、白刃とは対照的に綺麗な、先ほどの爆発は幻かと思わせるほど落ちつき、なんの被害もこうむっておらず―――自分の周りにちゃっかりと結界を張っている―――優雅にカップを傾けてお茶を飲む王城の魔女の姿。
 
 ヴィヴィラードの即答に返す言葉がない白刃は肩を落とした。
 
 魔力の制御。
 
 知識や力は有り余るほどにある。
 白刃の祖母であるセティリアーナ・ハルシオン―――別名≪暁の魔女≫のお陰で。
 セティリアーナ、否、白刃の祖母である灯崎せりなは、彼女のために自分の知識を継承させるような魔法をかけた。複数の魔法をかけると同時に。それが解け始めるときに発動するように。
 
 現在、その継承の魔法は解けており、彼女は所謂、知識と力が備わっている魔法士だ。ただ、一つの問題を除いて。
 
「制御できないっていうのがなぁ」
 
 王城を出ることになって、二日目。
 
 オーディンは時折、城下におりて買い物や情報収集をしているようだった。廊下で、情報収集が得意分野のアルザスと真面目な顔をして―――珍しいことに喧嘩をせずに―――情報を照らし合わせてりしているのをみたのだ。
 
 時間はない。旅にでるまでには、コツだけでも掴んでおきたい。
 
 そうでなければ。
 
 脳裏に過ぎるのは、いつかのならず者を風の刃で傷つけたときの光景。
 縦横無尽の冷酷無比なその力。
 ひきつった恐怖の叫び。
 畏怖や恐れを抱いた目。
 
 それがはるか昔の、今はもう遠く離れてしまった故郷。その場所で向けられた視線に重なる。
 
 
 ―――こんな子、わたしの子じゃないわ!!―――
 
 
 冥い記憶のそこから呼び起こされる。
 
 女の金切り声。
 
 
 ―――化け物っ!!
 
 
 女の声を聞いた子供は、何も反応しなかった。否、出来なかった。
 その子供の小さな声が動く。かすかに震えて。それすらも、届かず。
 伸ばした手ですら、届かず。
 
 子供の声は、手は、届かなかった。その事実が子供を孤独にした。
 
 子供を包んだのは、優しい穏やかな手と陽だまりのような慈愛と愛情に満ちた眼差し。
 その手を持った、眼差しをもった人は、もう、いない。
 
 だけれど。
 
 白刃は片手を空中に向かって突き出す。本来ならそんな動作も必要ないのだが、目標を決めたほうがやりやすいだろうという、ヴィヴィラードの助言にしたがってこうしている。
 
 今度こそ、本当に一人で歩いていかなければならないと思ったその子供は、一人の青年にあった。
 ふてぶてしく、俺様で、人をなんだと思っているのだという言動をするような、だけど、孤高で優しい彼に。
 
 体に流れる魔力を感じて、白刃はイメージした。
 魔力の形を。
 
 知っているのだ。
 
 あの紫紺が怒りに燃えると、紫の色が強くなり、燃えているようにみえることも。
 時々、暗い影を落として、紺色の色をより強くなることも。
 優しげな色を灯すと、夜明けの穏やかな色になることも。
 
 一緒に行くのだと、行っていいのだと。
 そう言った。―――言ってくれた。
 なら、自分にできることをするべきなのだ。自分は。
 自分自身を護るために。それが彼を護ることにもつながると知っているから。
 
 しばらくして、再び大きな爆発に結果内が見舞われたのは別の話。
 
 
 
 
 
 魔力の揺らぎを感じて、オーディンは顔を上げた。
 城下の街にある武器屋で彼は、室内にも関わらず頭からすっぽりと外套を被っている。それもそのはず、この場所はいわゆる正規の手続きを踏んで出している店ではないのだから。
 
 寂れたというよりも、荒みどこか暗く陰鬱な空気が支配する王都の中にある裏街。
 ここにはならず者から傭兵、あるいは知っている者は知っているために、一般人でも見かけることが多い。
 裏街は、いわくものも商品であってり、貴重なもの、盗品や販売を禁止されているものもある。所謂、非正規の商品を扱っている店が多い場所だ。
 
ちなみに、この裏街は上手く魔法で隠されていて、人の通れないような狭い家と家の間が入口だったり、ごみ箱や噴水の中、小さなコインが入口だったりと取締りをしようにも出来ないようにしてある。そのため、裏街に来るのは、限られた人間しかいない。
 隠蔽の魔法を見破ることの出来るもの、魔法に詳しいもの、ここをよく出入りしているものだ。ごく稀に一般人がくることもあるが。
 
 これはダメだなと手に取っていた短剣を棚に無造作に戻す。彼は自分の目のお陰もあってか、贋物や骨董品としかいいようがないものと本物を見分けられる。先ほど手に取っていたのは前者だったようだ。
 
 かすかな落胆を抱いたまま、店を出る。
 
 店の中で感じた魔力の揺らぎを思い出し、かすかにそうと気づかないような笑みを浮かべる。
 
 四苦八苦している姿がすぐに浮かんできて、そんな自分の想像に、想像できる自分を可笑しく思う。それが不思議と不快ではないことも、また可笑しく思うのだ。
 
 

 

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