新たなる旅立ち 73


 

「あっという間だったなぁ」
「そうですね。まあ、制御の方はいまいちではありますが経験をつめば、上手くいくようになりますですよ」
 
 そう二人でにこやかに、午後のうららかな日差しの中、お茶を飲む。そこは、白刃が暗殺者に狙われた中庭とは違った、場所だった。正確に言えば、ヴィヴィラードが管理している城内にある庭園の一つで、緑豊かなこの場所を白刃は一目で気に入っていた。
 
 城を出ることになって三日目。明日にはこの城を出発する。そのために彼女たちは、残された時間を、ゆっくりと楽しんでいた。
 ヴィヴィラードがカップをソーサーに静かに置く。白刃は周りの、庭園を囲むガラスやそのガラスを固定している柱に巻きついた蔦や、花を見ていた。
 
「白刃さん」
 
 静かな呼び声に彼女は視線をヴィヴィラードへと向ける。そこにあるのは、穏やかな慈しみの色。
 過去と重なるそれに白刃はきょとんとした。
 
「魔女のことについてお話をしておかなければならないことがあります」
「魔女?」
「ええ、魔女です」
 
 ヴィヴィラードの声は表情とは裏腹に真剣で、どこか真摯だった。白刃は無意識に表情を改める。
 
「三人の魔女がいるというのはお話しましたね?」
「うん、聞いた。ヴィヴィとおばあちゃん、そしてもう一人いるんだよね」
「ええ。彼女は人の心の闇や隙間に付け込む。一番、魔女と呼ばれるのに相応しいような人です」
「魔女らしい魔女ってこと?」
 
 白刃が顔をしかめる。
 
「そうですね。悪名高いといえば、セティも負けてはいませんけど」
「………………ハ、イ?」
 
 ヴィヴィラードの言葉に白刃の顔が引きつる。誰の何が負けてないって。いやな予感というべきものが白刃の脳裏をぐるぐると回る。ヴィヴィラードはそんな彼女に構わず、にこやかに言い放った。
 
「セティも、悪名はそれなりに高い魔女だといったのです」
「………」
 
 言葉もなく固まる白刃。
 
「ちなみにどんなことをしでかしたかというとですね。一つの街を壊滅させたとか、王族の暗殺に関わったとか、後は……ああ、どこかの国の王の求婚を相手が再起不能になるほどこっぴどくかつ末代まで恥になるような方法で振ったとか。後はですねー」
「すみませんごめんなさいもう勘弁してください本当にマジで」
「あら?どうかしましたか?白刃さん」
 
 テーブルに撃沈している白刃にヴィヴィラードが目を瞬せる。
 
 どんなことをしでかしているんだあのばあさんは一体どうしたらそんなことになるんだもう信じられないというかあの人なら有り得るのか、などと考えてい白刃の耳にヴィヴィラードは。
 
「落ち込まないでください。悪名だけではないんですよ?」
「へ?」
「どこかの国では戦場では戦局をひっくり返した英雄扱いだったり、女神のごとく崇められていたり。ああ、そういえば魔女になった際に、滅ぼしかけた国では名前を出しただけで、民が震え上がるほどの恐怖の代名詞になっているとか」
「それいいことじゃないじゃん!!」
 
 思わず叫ぶ白刃にヴィヴィラードはころころ笑う。
 
「そうですか?あの人らしいと思いますけど」
 
 確かにと白刃は不本意ながらも納得してしまう。そんな彼女をみながらヴィヴィラードが続ける。
 
「ああ、話が脱線しましたね。そのもう一人の魔女はマグノリア。彼女は退屈を嫌い、そのために人を玩具のように操り、自分の思い通りに動かすことを得意とします。いわゆる洗脳のようなものが上手いのです。そして、この五百年の間、彼女が絡んだために内乱が起こった国や滅んだと思われる国もいくつかあります」
「な、んだって?」
 
 驚きと、戸惑いとそんなことが出来るのかという疑問が混ざった表情をしている白刃にヴィヴィラードは静かな抑揚の無い声音で告げる。
 
「それが魔女です」
「え?」
「例え、誰かにとっての英雄であったりしても、わたしたちは魔女です。光があれば闇があるように。忘れないでください。白刃さん。わたしたちは一つの感情、想いによって一つの国も滅ぼせるのだと。それだけの力があり、また恐れられるのだと、覚えておいてください」
 
 言葉をなくす白刃にヴィヴィラードの言葉は、歌うかのように優しく、それでいて胸に響くように真摯にその耳に届く。
 
 
「わたしたちは、魔女。唯人にとっては化け物であり恐怖の対象なのだということを忘れないでください」
 
 
 二人の間をゆるやかに温かく優しい風が吹いた。
 
 
 
 
 
 
 翌日の未だに朝日は山の稜線から覗いてはいない時間。
 城の正門ではなく、別のやや小さめの入口。王城に出入りを許された商人たちが出入りする門には数人の影があった。
 
「こんな早い時間から行くとは、せっかちだね君は」
 
 王城の主の揶揄にも、外套を被った青年は動じない。それどころか鼻で笑う始末だ。そんな彼らから離れたところでヴィヴィラードやアルザスと言葉を交わす少女。
 
「また来てくださいね」
「元気でな。白刃ちゃん。オーディンに泣かされたら帰ってきていいぞ」
「あーうん。アルザスも元気で。ヴィヴィ」
 
 アルザスに苦笑を返した白刃はヴィヴィラードに向き直る。
 
「昨日のことなんだけど…。やっぱり、わたしにはよくわからないけど……」
 
 白刃はオーディンをちらりと見る。ヴィヴィラードは柔和にわらったまま続きを促す。
 
「わからないけど、それでも、あの人を誇りに思うんだ」
 
 魔女と呼ばれるその人を。そんな人に育てられ、力を継いだことを。
 
「幸が多からんことを。未だ小さき魔女よ」
 
 ヴィヴィラードが頷き、微笑みながら白刃へ祝福を述べる。そして。
 
「いくぞ」
 
 
 その青年の声に、白刃はヴィヴィラードたちへ手を振りながら青年の背中へと向かう。
 翻った外套が昇った朝日に照らされ、少女の黒髪が煌いた。
 

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