傷跡 74


 

 見渡す限りの焼け野原。
 くすぶる焔、焼け落ちた家々の残骸。そいて、鼻に付く匂いは。
 ―――そこで暮らしていた人たちの焼けた臭い。
 
 ぎりりと奥歯を噛み締める少年。
 怒号と悲鳴と、狂ったような狂喜の声と。
 耳の奥で未だに響くのは、悲痛と、苦痛と、義憤と、哀惜の声。
 
「……ろ…て、やる」
 
 焼け落ちた家の残骸の前で、彼は小さな黒い死体を見た。傍らには見覚えのある―――かつては美しい意匠が煌いていた―――焔に焼かれ色あせた髪飾り。
 
「殺してやる!!」
 
 その言葉は空に向けて吐き出すように投げかけられた。悲嘆と哀惜と、何よりも奪った者への憎悪、そして―――涙に濡れた紫紺の双眸にはどこまでも鋭く凍えた刃を宿して。
 
 
*    *    *
 
 
 白刃はあたりをくるりと見渡す。
 周りにいるのは、決してお世辞にも柄のいい連中ではなかった。どこか荒んだ空気と自由気ままな雰囲気、無骨といえばいいのか。そして、整然とした空気とは真逆のものを放っている男たち。中には女の人もいたが、凛として気の強そうな人だった。
 
 彼女がいるのは傭兵の集まる場所。酒場でもなければ賭博場でもない。傭兵に対しての仕事の斡旋、報酬の受け渡しをし、尚且つ登録などの手続きをする場所。
 所謂、傭兵ギルドだ。
 
 王城を出発して早三日。王都から西へ向かった先にある街。その街について、まず彼女たちが顔をだしたのがここだった。ちなみに同行者の青年に『動きまわるな。きょろきょろするな。問題を起こすな』と念を押されたのはいうまでもない。が。
 
「…やっぱり、フード被るべきだったかなぁ」
 
 そう小さくぼやく。それは、目の前から来ている傭兵のおっさんたちと目があったために出たぼやきだったが。
 白刃の目の前に来た傭兵のおっさんたちは、彼女を嘗め回すように見る。その視線に、いやな予感を覚えたが、あえて顔には出さない。
 
「お嬢ちゃんがここで何しているんだ?」
「傭兵になりたんですかー?」
「無理だろ。こんなお嬢ちゃんにはよ!」
「ははは、そりゃあそうだろう。それに他にも似合う場所があるんじゃないのか?」
「案内してやろうか?」
「その前に俺らの相手をしてもらおうぜ」
 
 そう口々に言う彼らの顔には、不思議なことに下卑た色はあまりない。ただ、馬鹿にしているというのはありありと感じられた。
 どうしようかと思い、周囲に視線を走らせるが、周りの傭兵たちは遠巻きに見守っているだけだ。
 
「!」
「こっち見ろよ、お嬢ちゃん」
「へぇーえ!こりゃあ、将来が楽しみだなぁ」
 
 あごを捕らえられるとその顔を覗きこむおっさん連中から感嘆や揶揄の声があがる。本格的にヤバイかもしれないなと思うと同時に不快感がじわじわと湧き上がり、眉間にしわを寄せる。
 
「おっと、かわいい顔が台無しだぜ?」
「俺らの相手をしてくれりゃーいいからよ」
「連れて行くか?」
「じゃあ、お嬢ちゃ…っ!!」
 
 言葉は不自然に途切れた。
 
 傭兵の首を後ろから絞めている手によって、手があごか離れて安堵している白刃の視界に飛び込んできたのは。
 
「何をしている」
 
 冷え冷えとした低い声と射殺すような視線。白刃の周りのおっさん連中は顔を引きつらせている。
 
「オーディン」
 
 白刃の呼びかけにおっさんたちがぎょっとする。
 
 傭兵の間で彼のことを知らない人は、いない。
 
 誰にもこびず、膝を突かず、誰にも与することがない紅い髪に紫紺の双眸を持った傭兵。
 王の称号を持つもの。
 風のように流れ、誰にも与することのない孤高の傭兵。
 
 オーディン・ユラ・アルセイフ、その人の名を。
 
「お前は大人しくしていろ」
「あたしのせいじゃない」
「じゃあ、なんだこの有様は」
「立ってたら、向こうから来た」
「喧嘩売ったのか?」
「するか!オーディンと一緒にしないでくれる!?」
「ほう。いい度胸だな」
「え、あ、いやー、ははは」
 
 言葉を交わす間にも、オーディンが首を絞めている男の顔色は青から白くなっていっている。
 
 彼が、いつしか連れている連れの噂も聞いていた。あの傭兵王の連れの話を。
 見る見る周囲のおっさんたちの顔色が青から、見ているのも可哀想な位に白くなっていく。
 
「それで…人の連れに用か?」
 
 オーディンが、おっさんたちにその視線を向ける。彼の鋭い視線に彼らが壊れたかのように首を横に振る。それを見てオーディンが男の首から手を離すと男が崩れるように尻餅をつくのにも構わず、白刃の横を通り過ぎる。
 
「行くぞ」
「へ?え?ちょっと、いいの?オーディン!?」
「放っておけ」
「ええ!?」
「それより被れ」
「うわ!いきなり何すんのさ!」
「目立つ」
 
 そう話をしながらギルドを後にする二人の背中をざわつき、驚愕する傭兵たちと呆然と首を押さえたおっさんと蒼白になった傭兵たちが見送った。
 

        TOP        

inserted by FC2 system