傷跡 75


 

 ギルドを出た白刃たちは、取りあえずお昼時ということと、彼女のお腹が空腹を訴えたために、手身近な食堂に入った。
 
 店内には、ギルドがあるためか傭兵らしい人間も多く見受けられる。
 白刃とオーディンは店内の空いた席につくと、すぐさま注文をとりに来た給仕の青年に適当に昼食を頼んだ。
 
「何か仕事あった?」
 
 すぐに出てきたスープを飲みながら目の前にいるオーディンに尋ねる。彼はパンをちぎりながら、
 
「ああ」
 
 そうそっけなく答える。いつものことなので白刃は気にせず続ける。
 
「どんなの?」
「魔物の討伐」
「魔物?」
 
 オーディンがパンを口に運びながらいった言葉に白刃がきょとんとする。
 そこで彼は、そういえばこの連れはそういうのに疎かったと気づく。というか。
 
「知識には無いのか?」
「うーん……ない、かな?」
 
 しばらく考えるような仕草をした白刃だが、該当する『知識』がないことに首をかしげる。
 
「あるのは魔法に関することだけみたいだね」
「爆弾娘には変わりないか」
「失礼な。あるだけ、まだマシ!」
 
 呆れているような、達観したようなオーディンに白刃が開き直る。確かにそうなのだが、制御できないのはマシなのかとオーディンは、はあえて突っ込まない。
 
「魔物は、精霊だ」
「は?だって精霊って精霊じゃないの?」
「確かに『精霊』だがな。魔物は人に害をなす精霊のことを指す。人だけでなく、動物やら土地やら、もっと大きく言えば世界に、だ」
「世界って…」
 
 大げさなと白刃は思う。規模が大きくないか。彼女の疑問を読み取ったようにオーディンは続ける。
 
「魔物が多くいると、それだけ人に悪影響を及ぼす。『魔』っていうのは世界の影、闇だ。そんなもんが多すぎれば均衡だって崩れる。世界自体が、滅ぶ」
 
 滅ぶという言葉に脳裏を過ぎるのは、焼き崩れた家。その場所は、当時、魔物にいいように利用された人間によって。
 
「オーディン?」
 
 思考に沈んでいた彼を呼び戻したのは、そこか案じるような視線を向けている稀有な黒髪の少女。
 
「いや。とっとと食え。すぐに出発するぞ」
「あ、うん。でも邪魔にならない?」
「お前は、一人にしておくと何をしでかすかわからん」
 
 オーディンの言い草に白刃はむっと顔をしかめる。
 
「人をトラブルメーカーみたいに言わないでくれる?」
「事実だろうが。自覚がないのか?」
「オーディンほどじゃない」
「食費を出しているのは誰だ?」
「すみませんごめんなんさいオーディンさまです」
 
 まったく、確かにただの極潰しだけどさなどと、ぶつぶつ言いながら、それでもおいしそうに食事をする少女を見ながら、オーディンは、未だに根付く過去に胸中で重いため息をついた。
 
 そして、昼食後。
 
「で、なんでまたギルド?」
 
 昼食を食べ終わり、すぐに出発と思いきや、再びギルドにきた二人。白刃は首をかしげながら隣を歩く青年を見上げる。
 
「魔物の討伐の依頼は、ラサの領主からだったからだ」
「ラサ?」
「シュスラーレの西の方にある港町だ」
「そこに行かないと行けないんじゃ……」
「だから行くんだ」
 
 意味がわからないと白刃は益々、顔をしかめる。
 
「ギルド内にある転移門から行く」
「あ、そういうこと。って、そういうことはちゃんと言ってよ」
「今、言った」
 
 白刃は早く言え!と怒鳴りそうになるのをぐっとこらえる。何しろギルド内を歩きながら会話をしていた彼らは、注目を集めていた。片や傭兵王の青年、片や黒髪黒目の少女だ。異色といえば異色の組み合わせ。
 
 一般人で彼女からすれば平凡な女子高生、今は魔力値は高いが、少し魔法が使える少女は―――オーディンに言わせれば、お前のような爆弾娘のどこが一般人だ、というかいい加減に平凡扱いをやめろと言っただろうが―――これ以上、視線を集めてたまるかと思ったのは無理からぬことだった。
 
 
*       *       *
 
 
 ああとその艶やかな紅い唇から漏れたのは、艶美な声とため息。
 物憂げなため息のように、切ない恋をする乙女のようなそれを漏らした女は、その豊満な体を強調するようなドレスに身を包んでいた肢体を、ベッドから起こす。
 
「退屈だわ」
 
 それが彼女の口癖であり、もう何年も言い続けている言葉だ。
 
 昼間の日差しは分厚いカーテンによって遮られている。豪華な天蓋のついたベッド、豪華な調度品に飾られた部屋はどこかの王侯貴族を思わせるほどだった。それでも彼女の空虚さは消えない。
 
「退屈なら、何か面白いことをしないと、ね」
 
 くすりと微笑みを漏らす。それはさながら傾国の美姫のごとく。悪戯を企む子供のように無邪気で、しかし、残酷までに歪んだ笑み。
 
 扉が開かれる音がして、彼女はそちらを振り向く。扉を後ろ手に閉めたたくましい体躯の男は、手を彼女に伸ばす。その無骨な手とは似ても似つかない気品を感じさせる仕草。
 それに彼女は目を細め、微笑み繊細な手を乗せた。男は膝まずくとその手に口付けを落とす。
 
 彼女はその男の頭を見下ろしながら、笑った。先ほどまでとは全く違った醒めた目をしながら。
 

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