傷跡 77


 

 初めは、幼い少女だった。
 
 母親に頼まれたお使いで、港の市へでた彼女は無残な姿で発見された。
 
 
「魂がなかった?」
「そう。抜かれていたらしい」
 
 買い物にでた少女は、帰り道に普段、通るはずのない道端で冷たくなっていた。たまたま、その道の先にある家の住人が見つけたらしい。母親の悲しみはどれほどだったのだろうかと白刃は漠然と考えた。そんな彼女の思いとは別に会話を進めるクロードとオーディン。
 
「他にも水夫の息子や娘、赤ん坊、商人の若い息子。共通しているのは主に十代の若いやつってことだけだな」
「今の段階での被害の数は?」
「昨日の時点で、十八人」
「十八…」
 
 白刃が愕然と声を漏らす。いくらなんでも多すぎる数だ。領主は動かなかったのだろうか。
 
「領主は?」
 
 オーディンも白刃と同じ事を考えていたようで、彼の問いかけにアリアが困ったように苦笑する。
 
「それがねぇ、ラサの領主であるマノラス男爵は元々病弱でね」
「領主は動けないっつーんで、ギルドに魔物の討伐依頼が来た。まあ、それも怪しいもんだ」
 
 クロードが後を引き継ぐ。
 
「あやしい?」
「ああ。街の人間の話じゃ、領主のとこに流れの女の魔法士がいてな。そいつはどうやら領主のコレらしいんだわ」
 
 クロードが小指を立てる。オーディンが嘲笑を浮かべる。
 
「情人か」
 
 そして、アリアが悪戯っぽく笑みを浮かべる。
 
「そ。街の人間からすれば、若い女はべらしてなにやっているんだってことよ。それに、これはギルドで聞いたんだけど、依頼のとき、領主の使いがなんか変なことを言っていたらしいわよ」
「変なこと?」
 
 白刃が首をかしげるとアリアが呆れ混じりに笑いながら、
 
「領主は魔女に操られているんだ!とかなんとかって」
「………」
「………」
 
 白刃とオーディンはなんとも言えない沈黙を返す。それをクロードは、それを呆れととったのか笑い飛ばすように声をあげる。
 
「あくまで、噂だ。なあ?ヴェスタ」
 
 自分たちの後ろにいる部下に振るとヴェスタは雰囲気と寸違わぬ冷たい返事をした。
 
「知らん」
「うちの部下は冷てぇの。…まあ、そういうことだ。街の巡回とかはまた明日、全員集めて言うから、今日は好きにしていいぞ」
 
 ヴェスタの返事に反応がつまらなかったのか退屈そうに首の後ろをかくクロードにオーディンが頷く。
 
「ああ」
「じゃあね。白刃ちゃん」
 
 席を立ちアリアが白刃に手を振る。それに手を振り替えしながら彼女も微笑を返す。
 
「はい。また」
 
 
 そして、彼ら三人が出て行き、扉が閉まると白刃はすぐさまオーディンに向き直る。
 
「魔物って魂食べるの?ていうか、若い人や子供ばかりってどうして?狙いやすいから?」
 
 矢継ぎ早にされた質問にオーディンは面倒だと思いながらも、椅子に背中を預けながら口を開く。
 
「実際に、魔物は何でも食う」
「は?」
「人の体や魂もだが、魔力を食うやつもいるからな。美味いのかどうかは知らんが」
「知ってたら怖いわ!」
「若いやつやガキが狙われるっていうのは、幼いほど魂が剥がれやすいからだろうな」
「スルーしやがった…」
「……聞く気があるのか?」
「すみませんお願いしますばっちり聞く気はあります。で、剥がしやすいって?」
「……そのままだ。特に生まれたての赤ん坊は、魂自体が肉体や世界に定着してない。大人や老人になれば、肉体にも世界にも定着して安定している分、剥がすのは難しいな」
「そう、なんだ。ん?剥がされたときって痛みとかあるの?」
 
 白刃が素朴な疑問を口にすると、
 
「知らん」
 
 即答だ。それになんともいえない顔をする白刃。
 
「知らん、て…」
「剥がされたヤツしか知らないだろうよ。そんなことは」
 
 ごもっとも。
 胸中で頷き、ふとアリアの言葉が脳裏を過ぎった。
 
「そういえば…魔女ってホントかな」
「さあな。まあ、少なくとも一人はいるだろうが」
「どこに?」
 
 白刃が心底、不思議そうに首をかしげるとオーディンがさらりとのたまう。
 
「いるだろうが。自分の魔力のコントロールが下手すぎる爆弾娘」
「うっさいよ!!」
「事実だろうが」
「うぐ。そうだけど…って、どこ行くの?」
 
 さらりと返され言葉に詰まった白刃を尻目にオーディンが腰を上げ、扉へと向かう。その背中に声をかけると。
 
「出てくる。お前は部屋に荷物を運んで大人しくしてろ。後、これをつけとけ」
 
 振り返った彼が彼女にひょいっと放ったのは、細い鎖が三重に連なり透明な蒼い石のついた腕飾りだ。
 以前の記憶と重なる状況。それに気づいた彼女は、扉の向こうに消えかけていた背中に声をかけた。
 
「ちょ、これって…!」
「外すなよ。ついでに暴れるな、爆発するな、出歩くな」
「あたしは子供じゃない!!」
「出るところが出てから、言え」
 
 そう捨て台詞を残して出て行った部屋の中、彼女たちを泊まる部屋へ案内しようとアリア尋ねて来るまで一人唸る少女がいた。
 

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