傷跡 83


 

 一言で言えば豪華絢爛といっても過言ではない調度品に飾り立てられた室内には、その華奢な肩を露にしたドレスを纏い寝台に上体を気だるげに起こしている女とその傍にはがっしりとした金の目の男がいた。
 
「なぜ、止めた」
 
 女は軽く嘆息しながら、
 
「こちらの方もそろそろ限界だったもの。入れ物がなくなると困るわ」
 
 ちらりと女の双眸が室内の隅に向けられる。そこにはそのまま体だけを取り外したかのように衣服が脱ぎ捨てられている。
 それはここの館の使用人の女が着る服だった。
 
「くれてやったのか」
「ええ。普段、抑えているあなたが出て行ったのもあるし、時間が短くなってきているから」
 
 でも問題ないでしょうと首をかしげる女に金の双眸を持った男はその目を細める。
 脳裏を過ぎるのは鋭利な紫紺の双眸を持った男の姿。
 
「あの連中、くるぞ。魔眼持ちがいた」
「あら。それは大変ね」
 
 あどけなく少女のような涼やかな笑い声を響かせながら女は楽しげに目を細めた。
 
「面白くなりそうだわ」
 
 傍に立つ男に両腕を差し伸べると男は身をかがめてそれを受け入れ、寝台に二人して倒れた。
 
 
 
 夕食の後、今後のことで傭兵団での話し合いが行われた。その内容は、オーディンが見た魔力の軌跡で魔族が帰った場所が領主の館だということで、直接、乗り込むことが決定した。
 
 元々、魔族の被害で動かない領主に対しての異議申し立ても出来る。が、それは一介の傭兵には出来ないことだ。
 それを白刃はオーディンに確認すると。
 
「ここの傭兵団は国ともつながっている私兵に近いからな。立場としては騎士とは変わない」
 
 だから、領主の館に踏み込む事も認知されるのだといった。
 
 詳しく聞けば―――ちなみに珍しく傍にいたヴェスタが話してくれたからなのだが―――クロードは現国王ユリウスが王位を巡って起こし反乱に参加していたらしく王となった彼から実力を買われ≪ベルセルク≫という傭兵団長でありながら、特例として急時の際にはいかなる身分のものであっても取り締まる事の出来る特許をもらったのだ。
 
「……すごい人なんだね。クロードさんて」
「ただの能天気バカだ」
 
 話し合いが終わり、部屋に戻って備え付けてある椅子に座りながら白刃が呟くとオーディンからの容赦ない返答が返ってきた。
 
 オーディンはベッドに腰を下ろし、剣の手入れをしている。その様子を見ている彼女の脳裏には魔族と対峙したあの瞬間のことが過ぎった。
 ちなみに話し合いが落ち着くと、傭兵団の団員は部屋に戻ったり食堂でくつろいだりと、これから本当に殴り込みに行くのかというような雰囲気を発しながら各々過ごしている。
 
「……オーディン」
 
 彼女の小さな声は二人しかいない部屋に嫌に響いた。オーディンが視線を白刃に向ける。
 
「外すよ?」
 
 オーディンは剣を磨く手を止める。
 白刃の手首には魔力を封じている飾り。窓から外を見ている少女の声は静かで、普段の騒がしさを感じさせないものだった。
 
 質問でも、疑問でもない。
 許可を願うそれでもない。
 確認のためのそれ。
 
 オーディンは気づかれないようにそっと嘆息してから、剣に視線を戻す。
 
「制御できないのにか?」
 
 白刃がオーディンを見る。部屋に灯された燭台の光を剣が反射し、その紫紺の双眸に刃に似た光を映す。
 
 魔具を外すということが、どういうことかわかっている。それでも。
 未だに扱いきれない魔力。
 それがどんな危険性をはらむのか知っている。
 
「出来る、出来ないじゃなくて、するんだよ」
 
 そっと微笑みながら紫紺の双眸を見返す。表情とは裏腹にその漆黒の双眸には強い意志が浮かんでいる。
 オーディンは双眸を細める。
 
「それがどれだけ危険か知っているのか?」
 
 視線の強さに白刃は内心で動揺する。なぜ、こんな風に気にするのだろうか。
 今までなら、使えるとなったときには、そうしなければならないときには、こんな風にとどまることはなかったのに。
 
 動揺と疑問を抱きながらも白刃は口を開く。
 
「………正直言って、わからない。あたしはそれを知らない。でも、このままでも勝てないのはわかってる」
 
 だから。
 自分に出来る事を。
 
 オーディンはため息を吐いて、立ち上がる。
 
「オーディン?」
 
 不思議そうに自分を見る白刃の目の前にくると、彼女の手首をとり魔具を外す。
 
「…あ、ありがとう。自分で出来たのに。……?…オーディン?」
 
 彼の行動にいささか困惑しながらも白刃は自分の手を離さないオーディンを見上げる。
 
「お前は…」
「ん?」
「             」
 
 聞こえた声は、小さく零れ落ちて部屋の中に霧散した。
 白刃が目を瞠る。オーディンは彼女の視線から逃れるように背を向け、部屋を出ていった。
 
「………オー、ディン?」
 
 白刃が呆然と青年が出て行った扉を見る。
 
 なんで、あんなことをいうんだろうか。どうして。なぜ。
 
「どうして…。オーディン」
 
 その疑問に答えをくれる青年はいない。ただ、彼女の中にはオーディンの言葉が残っていた。
 
 
 ―――止めても無駄なんだろうな。
 
 
 悲しみの滲んだような低い声が。
 
 
 
 
 
 廊下の突き当たり。窓の横の壁に一人の赤い髪を持った青年が腕を組み寄りかかる。
 うつむき、何かを耐えるように強く目を閉じて。
 
 

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