偶然との邂逅 01

 

 
 
 かえっておいで。
 さあ。
 ここへ。
 我が枝から飛び立った鳥よ。
 
 
 
 
 少女は暗闇にいた。いや、暗闇ではない。目を閉じているからそう感じるだけだ。
 ぱちりとまぶたを開く。
 横になっていた体を起こし、周囲を見回して彼女は愕然とした。
 
 ありえない。
 
 それが彼女の脳裏に浮かんだ最初の言葉。
 
 目の前に広がるのは、彼女の故郷である国の名物である山の下に広がる樹海。もっといえば某県にある観光スポットでもあり、登山で有名な場所でもあり、自殺の名所とも言われるそこのような森。
 
 ありえない。
 
 米神をもむように押しながら少女―――灯崎白刃(ひざきしらは)は、胸中で夢だ、夢でしかない、大体、いつ自分は眠ったんだというか起きているはずなのにリアルな夢を見るんだな結構などと言葉を重ねる。
 
 そして、夢だという思考に追い討ちをかけるかのように。
 
「なんだてめぇ!?」
「どこからわいてきた!?」
「何者だ!?」
 
 怒鳴り声に滲むのは驚愕の色。
 善良な市民には見えない屈強ですれたような荒々しい空気を持つ男たちから向けられるのは鋭利な銀色の刃―――剣と呼ばれるそれ。
 
 視界に映るのは先ほどと変わらない立派な木、木、木。
 目の前の時代錯誤な光景。
 
「いやいやいやいや」
 
 どうして、なぜ、何があった、なんでとぐるぐる疑問が回り、彼女の中で何かが切れ、
 
そうか。そういうことね。これは夢だ。うん、夢に間違いない。痛いだろうが目がぱっちり開いてようがとにかく夢だ!
 
 と、無理矢理、自分自身を納得させた。
 
 
 
 ―――人はそれを現実逃避という。
 
 
 
 
 
 本来ならとっくのとうに学校の寮について友人と話をしたり、これからのことを考えているはずだったのに。
 
「…それが、なんでこんなことになってるんだろ」
 
 ぼそりとした呟きは、粗末なとしかいいようがない狭い石に囲まれた場所に落とされた。
 
 背後と左右には天然の岩肌、目の前には木と粗いロープで縛られた簡素でいかにも少しつつけば壊れるような格子状に組み立てられたそれ。
 いわゆる牢屋だ。
 その牢屋の向こうからは陽気で粗野な喧騒と香ばしい匂いや酒の匂いが漂ってくる。
 
 どうしてこうなったのかというと森を歩いて数十分。
 彼女が遭遇した男たちは、白刃自身をよく観察した後、驚嘆や歓喜の声をあげた。
 
『へぇ、こりゃあ珍しい!』
『連れて行くか?』
『当然だろ。黒髪黒目なんて滅多にいねぇんだ。それに加えて女とくればな』
『痛い目をみたくなきゃおとなしくしてろ』
『久しぶりに大金が入りそうだ』
 
 腰には剣を刺して、下卑た笑みをその粗野で荒々しい顔に貼り付けた男たちに手を縛られながらも彼女は抵抗しなかった。
 
 出来なかったといったほうがいいか。それもそのはず、彼女は極普通の一般人で女子高生だ。そして、森をしばらく歩くと目の前に岩場が見えてきた。その一角にある洞窟に連れてこられ、そのまま牢屋に入れられたのだ。
 
 それにしてもと白刃は眉を寄せる。
 なぜ、自分はここにいるのだろうか。その前に、あの男たちの現代社会から遠く離れた格好はどういうことだろうか。なによりも。
 
「銃刀法違反だぞ」
 
 剣を腰に刺した男たちの姿を脳裏に浮かべながら時代錯誤もいいところだと思わずにはいられない。その上、この牢屋に入れられる前に通った洞窟の中の横穴らしき場所、おそらくここにいる男たちの部屋なのだろう―――入口に布をたらしただけのものだったが―――そこから聞こえた女の人のすすり泣く声や肌のぶつかる音、何かが規則的に軋むそれを聞いて彼女は自分の顔から血の気が引く音を聞いた気がした。
 
 最悪の場合、自分もそうなるのだろう。
 
 ありえないと思うと同時にどうにかしなければと思う。それ以上に、胸中の中で這い上がってくる感情に彼女は唇を噛み締め抑える。
 
 大丈夫。大丈夫だ。なんとかなる。
 
「…ていうか、するし」
 
 震えておびえる意志を叱咤するように彼女は強気な笑みを、その口元にはいた。そして、ボロボロな陶器の器に入れられたスープ―――ご丁寧にも男たちが夕ご飯だと持ってきてくれたそれ―――に目を向けた。
 
 
 
 
 白刃は知らない。そして、洞窟にいる男たち、それなりに名の売れた盗賊と呼ばれている彼らも知らなかった。
 
 
 洞窟の外。
 深く暗い森の奥。
 
 一般人も冒険者も近づかない『死の森』と呼ばれる魔物が跋扈し、弱肉強食を体現したかのような、その土地の一角に彼らはいた。
 
 自分たちを討伐に来るのは、誰もいないのだと傲慢にも思っていたからだ。
 事実、傭兵や騎士たちもここに足を踏み入れるのはためらうような場所だった。それが普通だからだ。
 
 魔の土地とまで呼ばれるこの場所に好き好んで足を踏み入れるのは狂人がよほどの愚か者しかいないからだ。
 
 
 だから、彼らは思いもしなかったのだ。
 
 
 その森の中に、足を踏み入れた青年がいたことを。
 
 彼が盗賊を討伐にきたことを。
 
 
 
 
 
 
 
 ―――今にして思えば偶然だったのだろう。だけど、あの時、あの場所で、出会ったのは確かな奇跡だった。
 
 
TOP   
inserted by FC2 system