傭兵王の戴冠


 

 その場所には静寂とは程遠い熱気と熱狂した人々の声が嵐となって渦巻いていた。
 
 北の大陸の大国シュスラーレで行われる世界最大規模の武芸大会『オルドア』。 

  四年に一度という少ない頻度で行われる世界中からの強者が集うこの大会は、各国の王族や貴族から市民までを巻き込む世界でも有数の娯楽の一つだ。
 ちなみに賭けも公式に許可されているため、隠れて賭博をするものなどおらず、むしろ貴族の人間でも進んで賭博の券を買うくらいだった。 
 騎士や軍人、傭兵、賞金稼ぎ、魔法士など時には裏で暗躍するものたちでさえこの大会にはこぞって出たがる。それは腕試しであり、自身の強さを証明するものであり、その≪王≫の称号を得る絶好の機会なのだ。
 
 そのオルドア始まって以来の注目の決勝戦。

 すり鉢状の会場の中央には円形の舞台。
 さらにその中央には向き合う二人の男。いや、男といっても一人は立派な成人した、しかも前回優勝した騎士だったが、 もう一人は見た目が十四、五歳の少年だった。
 それでも、観客の熱狂は高まるばかり。
 なぜならば、年端もいかない少年がその体に不釣り合いな剣を閃かせ、大の男たちを次々と倒していったのだから。
 
 肉食獣のように荒々しくではなく、しなやかな獣のように。
 
 イレギュラーな存在に大儲けしたものも大損したものも多く、否応なしに熱気は高まる。

「さあさあ!いよいよ注目の決勝戦!!賭け率は七対三で騎士の方が有利!この勝利の行方はいかに!?さあ、試合開始です!!」

 司会の興奮した声で試合開始の合図の鐘がなると共に騎士がその屈強な体に似合わない俊敏な動きで少年の頭上へと剣を振るった。
 観客のたちが少年の無惨な姿を思い浮かべ悲鳴を上げたり、目を逸らす。
 が、観客の危惧などはよそに、耳に響くのは剣と剣の合わさる甲高い音。
 

 そして彼らは我が目を疑った。
 

 騎士の剣を線の細い少年が受け止め、驚愕に目をみはっている騎士に少年が笑む。

「甘い」

 呟きと同時に剣が閃き、少年が騎士を追い込んでいく。
 甲高い剣の音と少年の野生の獣のようなしなやかな動きに観客が湧く。
 再び剣を重ね力が拮抗すると騎士が笑った。

「取引をしないか?少年」
「取引?」
「そうだ」

 二人は交えた剣越しに視線を交差させる。
 騎士がにやりとくちを歪めた。

「剣を引いてくれれば、我が国の騎士に推挙してやる。どうだ?」
「俺に負けろと?」

 低い声だった。その体に年齢にそぐわない低い、声。それに微かな畏怖を抱きながら騎士はそれを打ち消すように続ける。

「そうだ。謝礼もたっぷりやろう。お前も売り込みに来た口なのだろう?ならば…」
 
 騎士は気づかなかった。
 少年の口に嘲笑が浮かんでいることに。
 騎士は知らなかった。 
 少年は売り込みにきたのではないということを。
 
 
 そして、俯き加減だった少年が顔を上げた瞬間、騎士は戦慄した。
 
 
  その紫紺の双眸が宿しているのは。 
 深いどこまでも落ちるような空洞と。
 
 年端もいかない少年が浮かべるにはあまりにも不釣合いな。
 
 冷酷な光。
 
 その口が動く。たしかな嘲りの笑みを浮かべて。

「雑魚が」

 瞬間。

「っあぁあぁぁぁあ!!」
 
 血飛沫と共に舞ったのは剣とそれを持った腕。
 
 途端に、会場中に熱を含んだ歓声と畏怖を含んだざわめきが満たす。
 騎士が医師たちに運ばれ、司会が熱狂的な解説をしているなか少年は冷たい目でそれらを見ていた。
 勝利した喜びや戦ったあとの疲労もなにも見せずに。
 
 すると闘技場の中央あたりの見晴らしのいい、貴族や王族のために設けられた席、貴賓席の一角に座って、その少年をみていた年のころは三十台半ばほどの男が立ち上がると会場が水を打ったように静まり返った。
 白髪に翠の目をした男が面白いものをみるように 笑いながら言葉をつむぐ。

「名は?」

 少年はその男のまとう空気に呑まれることなく真っ直ぐ男を見据えて答えた。
 
「オーディン・ユラ・アルセイフ」

 その敬意も礼儀もない態度に先程とは違うざわめきが走る。
 男は少年のその敬意も畏怖もない物言いに、肩を揺らして笑いながら少年―――オーディンと名乗った彼を見下ろした。

「成る程、噂で聞いた凄腕の新人傭兵はお前か。見事だった。いつかもっと成長したお前と戦ってみたいものだ。―――≪傭兵王
≫よ」

 瞬間、爆発したような歓声と熱気が少年を包んだ。

 この瞬間にオーディン・ユラ・アルセイフは史上最年少である十四歳での≪
傭兵王となった。その数年の後、白髪の男――剣皇と呼ばれる賢者≫ガル=イース・ガロン――と約束通り戦ったのはまた別の話。
 

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