舞台裏 1 不発の悪巧み(29と30の間辺り)

 

 

「調べて欲しいことがある」
 
 電話の向こうの相手は、緊張をにじませながらも、彼の用件に忠実に答える。それに満足し、彼は通話を切った。
 手にあるのは携帯電話。
 
 元々、乱雑だった机や椅子がさらに乱雑になった室内を見渡す。口元に浮かぶのは笑み。
 
 あんな悪友の表情など滅多に見れるものではない。
 
「……俺は俺で動くか」
 
 幼なじみは大丈夫だろう。何しろ、狂犬と呼ばれ最凶と恐れられるほどの実力を持った悪友が傍にいるのだから。
 
 
 
 豪邸といってもいい日本特有の屋敷には、多くの男たちがいる。それもいかにもといった厳つい面構えの男から柔和な、この場所が似合わないといった男まで、だ。
 彼にとっては家であるこの屋敷に帰ってきたのは、いつもより早い時間だった。
 廊下を歩くと頭を下げながら挨拶する男たちを横目に歩いていくと、奥から見慣れた男二人が彼を出迎える。
 
「お帰りなさい。坊(ぼん)」
「お帰りなさい。今日はこちらにお帰りだったんですね。お迎えに上がりましたのに」
「いや、ちょっとヤボ用でな。……調べて欲しいことがある」
 
 歩きながら彼が言うと、自分とは八歳年上の二人は、彼の後ろを歩きながら顔を引き締めた。その切り替えに流石だなぁと思いながら、用件を告げる。
 そして、厳つい顔を持ち、いかにも鍛えている体に野生の獰猛さを持った男、笹原慶吾(ささはらけいご)が静に尋ねる。
 
「そのガキの方はいいんで?」
「ああ。うちの連中にやらせている」
 
 静のチームのメンバーたちは情報を集めるのに苦労はしないだろう。「北桜」など彼らにとっては庭だ。顔も広い。すぐに捕まるだろう。だからこそ、元凶の方の情報も集めておいた方がいいと、学校の近くにあるマンションではなく実家に帰ってきたのだ。
 
「椋野ですか。確か、華道皐月流の宗家ですね」
「知ってんのか?」
「ええ。でも、宗家は途絶えたので一番、血が濃い椋野に引き継がれたんですよ。最も、あそこは内輪揉めがひどくて愛人も随分、いるようですけど」
「なんで知ってるんだ?そんなこと」
 
 静が感心していると、笹原が最もな疑問を投げる。すると、彼と正反対の冷たさを感じさせる容貌に、優男といったような―――けれど、貧弱さを感じさせない体躯―――をした牧脩平(まきしゅうへい)は、にこりと笑う。
 
「いろいろですよ。ええ、いろいろ」
 
 にこにこと笑いながら言う男に笹原は、彼の内面が人畜無害などとは言えないほどドス黒いことを知っているので、聞かないほうがいいと判断したのか顔を引きつらせ。
 
「そうか」
 
 と、うなずくだけにとどめた。
 
「とにかく、そこお嬢さまがやらかしてくれたんだ。お仕置きは必要だろう」
 
 そう野生の獣の笑みを浮かべ、肩越しに細められた瞳には酷薄な光を宿して笑う彼に側近二人は、一瞬、呼吸を忘れた。
 
 彼らの「若」は時折、こうやってその場を一瞬で支配するような冷たい空気とそれを裏切るような獰猛さを見せる。それに頼もしいと思う二人は気を引き締め、口を開いた。
 
「若が動くんで?」
「やられた相手が相手だ」
「というと……ご友人ですか?って…まさか、お嬢ですか?」
 
 牧の確認に静がうっすらと笑う。
 
 それは肯定。
 
 牧と笹原は顔を見合わせた。彼らの言うお嬢とは彼らの若である静の幼なじみだ。
 ちなみに、幼なじみである少女はよくこの屋敷に幼少のころ遊びに来ており、彼らも顔なじみだ。もっとも、最近はめっきり見てはないのだが。
 
「お嬢はお元気で?」
「ああ。元気だ。まあ、今は遅い春が来ているしな。飽きないぞ」
 
 にやりと笑う。それに一瞬、目線を交わしあう牧と笹原。
 
 楽しんでますね。
 楽しんでいるな。
 
「何、アイコンタクトしてんだよ。とにかく、情報よろしく」
 
 部屋の前まで来た静が二人に言うと彼らは力強く頷き、廊下を戻って行った。
 部屋の扉に手をかけながら彼は呟く。
 
「さて、どう潰すかな」
 
 それはこれからの波乱を楽しみにしているかのようだった。
 
 
 
 
 
 最も、彼が手を下すまでもなく、元凶の人物によって彼の幼なじみに手を出した輩は片付けられた。
 それに「なんだ、つまらん」と男が零した呟きに側近二人は、大事にならずによかったと人知れず安堵したのは言うまでもない。
 
 

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