負けたのは、どっち? 本編読了後推奨です。くっついた朝葉と一妃です。(甘甘)
窓の外には、うだるような暑さのなか忙しなくあるく人々。
営業だろうか。炎天下の中をスーツを着て、歩く男を目で追う。そこに彼女を呼ぶ低い声。
「一妃」
「ん?」
テーブルを挟んだ向かい側の席には、無愛想な男の顔。その目線は一妃の手元にある。
視線を落とすと、そこには普通のサイズよりも少し大きなグラスに生クリームとフレーク、季節の果物、その上にチョコレートのトッピングがされているパフェがある。
「それ……全部食うのか?」
朝葉はなんともいえない表情で一妃に聞いた。一妃は首をかしげ、
「そうだよ?朝葉もいる?」
どうかしたのだろうかと思いながら聞くと、相手は顔を窓の外へ向ける。
「いや、いい」
「そう?」
なんだったんだろうかと疑問に思いつつ、パフェに乗ったアイスクリームを食べる一妃。それを視界に入れながら、彼は内心で、よくあんなのを食べれるなと呆れながらも感心していた。
元々、彼は甘いものは平気なほうだが、生クリームやらチョコレートがたっぷりのパフェは見たら胸やけがしそうだった。それが普通のサイズならまだしも、普通より少し大きめとくれば尚のこと。
今日は、日曜日。夏休みに入った学生には休みだろうが平日だろうが関係ないが、出かけたのは夏休み前から悪友たちが言っていた遊びにいく計画を練ろうということで、このファミレスに来たのだ。
待ち合わせの時間より早く来たのは、お昼から一緒に一妃と出かけていたからだ。一妃の父親、朝葉にとっては出来ればあまり顔を合わせたくない人物の上位にランクインしている相手の誕生日プレゼントを一緒に見て欲しいといわれ、それに付き合ったのだ。
選んだものを一緒に選んだといえば、相手はどういう顔をするのだろうかとも考えたが、上機嫌で喜んでいる彼女を見れば、それもまあいいかと思ってしまう辺りが重症だ。
こんな風に誰かと街を歩いて、買い物をして笑っているのを見て確かに満たされていると思う辺りが、昔の自分からは想像できない。時折、むずがゆいような感覚にも襲われるが、これはこれで満足している。
そう思いながらコーヒーの入ったカップを口に運ぶ。そんな朝葉に一妃が不思議そうに尋ねる。
「朝葉?何か面白いことでもあった?」
「いや?別に。何でだ」
「んー、何か嬉しそうに?見えたから」
別に何でもないんならいいよと一妃はパフェを口に運ぶ。上のアイスは食べたのか、すでに下の方の果物や生クリームを食べている。
どうやら思考が顔に出ていたらしい。
生来、あまり感情が表に出ない彼だが、最近は一妃に言われるまでもなく叔父である敦樹にも「表情が柔らかくなった」といわれることがある。そのたびに、一妃のことを持ち出され、からかわれるのだ。
そこでふと思い、一妃に目をやる。
「なに?」
「いや、叔父が…」
「叔父さんが?」
言いよどむ朝葉を促すように一妃は続ける。
「一度、連れてこいって」
「誰を」
「お前」
「は!?な、ななんで!?」
そんなに驚くことだろうかと、どもる一妃をみながらカップを口に運びつつ続ける。
「彼女が見たいんだと」
「か………っ!?」
さらり告げた彼に対して、一妃は顔を赤くして絶句している。ここまで分かりやすい反応をされると面白いなと失礼なことを思う。
「あ、あのさ、朝葉」
一妃は赤い顔のまま、戸惑いながらこちらを見ている。それに視線で答える。
「あたしって、朝葉の彼女?」
一気に脱力しそうになったのは言うまでも無い。ここに悪友がいたら哀れみの目を向けられているだろう。そこで一妃の口の端についている生クリームに目をとめる。
「朝葉?」
返事がないことに不安を覚えたのか、一妃はおろおろしながらこちらを見ている。振り回されているのはこちらなのだ。偶には振り回してみるのもいい。そう思考をめぐらせ、手を一妃に伸ばす。
一妃はこちらに伸びてきた指先を追い、唇に触れる感触。そして、指に生クリームがついているのを見て、拭われたのだと漠然と思っていると、朝葉はその指を口に含んで。
「甘い」
顔をかすかにしかめながら一言。
あまい。甘い。甘い、それは甘いだろう。だって、生クリームだ。ていうか今、今何をした!?
「あ、あああ朝葉!?」
「お前、よくこんなの食えるな」
「自分だって甘いの平気じゃんか!」
一妃の声は悲鳴に近いものだったが、そんなことを気にするような相手ではない。
「一妃」
「…なに」
赤くなった顔を手で抑えつつ一妃が朝葉を見る。その視線がどこか恨めしそうなのを朝葉は見ないことにした。
「俺はそういう相手じゃないやつに、こんな真似はしない」
その一言をゆっくりと咀嚼するように一妃は考え、次の瞬間、火が出るのではないかというように顔を赤くし、口をパクパクとさせる。
それを見て朝葉は小さく笑い、一妃はテーブルにうなだれた。
ああ、もう、なんだよ。なんで、そんなこと出来るんだよ、この人は。経験値が少ないのに、慣れてないのに。こっちの心臓を壊す気か本当に。振りまわされる身にもなってほしい。でも―――。
胸中で文句をたれている一妃に朝葉の分かりにくいが、楽しんでいるような声がかかる。
「大丈夫か」
「だいじょうぶ…です。ていうか、その」
「なんだ」
「嬉しいかも…」
そう、うつむき加減にはにかみ、微笑む。その顔を見た朝葉は胸中で思った。そして、この先そうなのだろうと確信に似たものを抱く。
ああ、もう振り回されっぱなしだ
(*ブラウザバック推奨)
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