気になるけど  10000HIT記念

 

 それは突然のこと。 
 
「好きです。付き合ってください!」 
 
 沈黙。 
 
 思考停止した彼女が、我を取り戻しはなった言葉は。
 
「え?無理」
 
 の、無常な一言だった。
 
 
 
 
 うららかな春の日差しが夏のそれに変わった季節。突然、起こった事件。それは。 
「はー公衆の面前でよくやるわね」
「確かに」
「何が確かに、よ。あんたのことでしょうが!」
「う゛」 
 困ったように眉を寄せているのは、小柄な黒髪の少女。着ている服は北皇高校の薄青のシャツに白のベストを着、赤のリボン、紺色のギンガムチェックのスカート。 
 舞咲一妃は、今朝のことを思い出しながら、昼食のオムライスを食べる。 
 朝。いつものように登校していた一妃を呼び止めたのは、ごく普通の学生服に身を包んだ同じ年頃の男だった。 
「あの、舞咲さんですよね?」 
 どこか緊張気味に話す相手に一妃は首をかしげながらうなずく。いつも彼女に声をかけるのは、すぐさま回れ右をしたほうがよさそうな、いかにも問題児という看板をしょっているような面々だったので、この時は素直にうなずいた。 
 うなずいたのが間違いだったと思ったのは、この後すぐ。 
「好きです。つきあってください!」 
 怒鳴るほどではないにしても、普通の会話よりは大きな声で言われたその言葉に、一妃は唖然とした。もちろん、その時、駅のロータリーで待ち合わせしていた親友の美少女も軽く驚いていた。 
 そんな朝の騒動は、北皇高校に通う生徒もいる駅で繰り広げられたために、昼の時点で噂は広まっていた。
 無理といったということも。盛大に尾ひれがついて。 
「悪人みたいな言い方ね。いい度胸じゃないの」
「あやー?怖いんですけど」
「誰が怖いって?」
「なんでもないです」 
 噂というのが、いつもまにか一妃がその男をもてあそんだように言われているのだ。
 静の女、朝葉に鞍替えした尻軽、果ては悪女というような噂。 
 一妃からすれば、好きにしてくれというような心境だ。確かに断り方にも問題があったのは事実だったからだ。ただ、問題なのは。 
「心配?」 
 向かいの席からの問いかけに一妃ははっとする。そこには優しい微笑を浮かべた親友。 
「心配っていうか、なんていうのかな。知られたくないかな」 
 誰にというのはもはや愚問だった。 
 このところ、一緒に帰るのが珍しくない相手は噂などには無頓着だが、耳に入らないとは限らない。
 もちろんそういった根も葉もない噂を信じるような相手ではないとわかっているけれど。 
「帰り、どうしよう」 
 その呟きはばっちり親友に聞こえていたわけで。当の親友は。 
 その程度で何かなるようなものじゃないでしょうにと思いながら、相変わらず鈍い二人にため息をこっそりとついた。 
 
 
 
 その時、最近、よく動揺すると彼は思った。それと同時に、楽しげに話す悪友をこれほど憎たらしく思ったことはないというのも。 
「で?」
「で?って?」 
 ニマニマ笑いながら話を勿体ぶる顔を殴りつけてやろうかと思う。が、ここでそうすれば言わないことは間違いない。かといってこのまま好き勝手されるのもシャクに触る。
 迷ったのは数秒。 
「お?どこ行くんだ?」 
 席を立った悪友に彼は、わかっているのにあえて聞く。それに眉間にしわを寄せ―――周囲にいるクラスメイトは彼の顔を見て、すでに逃げ腰になっている―――険悪な表情で言い放った。 
「南棟」 
 彼らがいるのは北の棟。一年の教室は家庭科室や化学や生物に使う実験室もある南棟にある。
 教室を出て行く悪友の返事に彼は大いに満足しながら、椅子に深く座った。 
「コレくらいは嫌がらせにはいらないだろうしな」 
 いや、もう少しやっても大丈夫かと思いながら、次になにか面白いことでもないかと考えをめぐらせる愉快犯が一人いた。 
 
 
 
 教室に食堂から戻った一妃は、それこそ呼吸を忘れた。 
 一年の教室がある廊下、階段のすぐそばで彼にあったからだ。その姿を見て、綺は先に居室に戻るわとにこやかに笑いながら、助けを求めるような視線を向ける彼女を流して歩いていった。
 恨みがましい視線をその背中に送ったのは無理もない。
  しばらくの沈黙に耐え切れず、一妃は意を決したように口を開き―――。 
「舞咲」
「はい!」 
 相手の方が早かったそれに、思わず力が入ってしまった返事。
 相手、切れ長の鋭い目がどこか驚いた色を宿すのを見て、一妃は顔に熱が集まるのを感じた。 
「大丈夫か」 
 無表情といってもいい顔には表情は浮かんでないものの、かすかに気遣う声音に一妃はくすぐったそうに笑う。 
「大丈夫。あの、その、朝葉」 
 どうしたというように顔を上げた先の視線が言う。いつものような彼の態度に、緊張が解ける。 
「帰りは下にいればいい?」 
 下とは昇降口のことだ。最近はそこで待ち合わせをするように帰る。
 朝葉は今朝のことを聞きたかったのもあるが、いつものように確認する彼女の言葉にうなずく。 
「わかった」 
 そういいながら微笑む彼女の様子に彼は、別にいいかという気分になりながらも、帰りの道すがら聞くべきか聞かないべきか迷うのだった。
 
 彼と同じように言うべきか言わないべきか迷う彼女がいたのは、また別の話。
 
 
 
fin(ブラウザバック推奨)
 

 
桜さま
すみません!焦れ甘ということだったのですが、なってない…(汗)ごめんなさい。
朝葉と一妃の日常のちょっとした騒動でした^^
inserted by FC2 system