04

 

 授業終了のチャイムが鳴り響く学校内の一角には、今はもう使われていない古びた旧校舎がある。その旧校舎の教室の一つでは、他の生徒たちが睡魔の誘惑にかられながらも授業を受けている中、一つの騒動が幕を閉じていた。
 
「……う、うぅ」
「ってぇ…」
 
 うめき声が上がったり、もしくは苦痛に顔をしかめていたり、酷いのでは完全にノックアウトしている男子たちの中で、立っているのは二人。
 一人が制服のポケットから棒についた飴を取り出し、自分の殴った連中を見下ろしている。
 
「で、もう終わりか?」
 
 その顔にはいつもと変わらぬ飄々とした笑み。が、仰向けに倒れその目を見ることになった男子生徒は恐怖に顔を引きつらせた。
 飴をなめている男子―――静は露骨な反応に眉をしかめる。失礼な俺は猛獣かと胸中で毒づき、自分と離れた場所にいる悪友を振り返る。彼の足元にも数人の不良がのびている。
 
「こいつら誰?」
「俺に聞くな。それよりお前、最初から俺を巻き込む気だったろう」
「えー、そんなことないぜ。俺は平和主義だもん」
 
 嬉々として殴りかかっていったやつを平和主義とは言わないと静の悪友である朝葉が胡乱げな視線を静にやると、にんまりと笑った顔があって。何を言っても無駄かとため息をついた。
 
 こういうときの彼に何を言っても無駄だとこの二年間、身にしみて理解しているからだ。
 
「…兼近の知り合いだろ、こいつら」
 
 朝葉が呟いた言葉に数人が顔を青くしたり身を強張らせた。静はその分かりやすい反応に失笑する。
 
 兼近賢介(かねちかけんすけ)。静に一年のころから突っかかってくるある意味、怖いもの知らずで学習能力のない不良だ。元々、北皇の地元の出身で中学まではこの辺りの不良をまとめていたらしいが、静や朝葉の登場でそれはなくなった。
 片や県内では―――飽くまで静は、有名なギャンググループと思ってない―――それなりに有名な不良グループの≪キング≫、片や≪狂犬≫といわれる無敗の男とくれば当然といえる。
 
 朝葉には何もしないが、静に突っかかっていくのは、おそらく、おちょくられているのが気に食わないのだろう。
 
なにせ相手は静だ。
 
「へぇー。それはそれは。あいつまだ停学くらっているんじゃないっけ?」
「そろそろ、明けるだろ」
「ていうか、なんで俺だけ。お前だってあの時は一緒にやったのに」
「俺は何もしてない。お前が兼近を挑発したんだろうが」
 
 人気者は辛いねーなどと呑気に言っている静に苦々しく朝葉が告げる。苦々しくといってもあまり表情に変化は見られないが、静はそのささいな変化を読み取れるほど付き合いが長い。長いといってもたかが、二年だったが。
 
 二週間前に起こった兼近とのいざこざを思い出して静は薄く笑った。
 
「また、停学になりたいのかねぇ」
「返り討ちの間違いじゃないのか」
「違いない」
 
 そういって床に伸びている男子たちを無常にも踏みながら二人は教室を出て行く。後に残された男子たちのうち一人が、悔しげに二人の背中を睨んでいたのも知らないで。
 
 
 
 
*   *   *
 
 
 
 
 暗い部屋で連絡を貰った男は自分のケータイを握り締めた。壊さんばかりの勢いで。
 顔を憤怒で真っ赤にした男は、まだ若く高校生ほどだったが、体格は大柄で周囲で男の怒りに身を硬くしている同じくらいの年頃の男たちよりも年上に見える。
 
 目は今にも憎い相手がその場にいるように殺気だってつりあがっている。
 かみ締めた歯がぎちりとなる。
 
「…っざけやがって」
 
 廃墟になった鉄骨がむき出しになった建物の一室にその低い声が響く。
 黒い古びたソファに座っていた男が立ち上がる。
 
「くそ!天城の野郎!!なめやがって!」
 
 男の怒声に周りにいる彼の仲間たちが顔を引き締めた。そして肩で息をしていた男がふいに顔を上げる。
 
「行くぞ。…叩き潰してやる」
 
 その言葉を合図に強く鉄の扉を開け、数人の若者が部屋を出て行った。
 
 
 
 
*    *    *
 
 
 
 
 放課後、帰り支度をしていた一妃はふと窓の外を見る。
 校庭のほぼ中央を歩いている独りの男子生徒の後姿があった。
 周囲の生徒は彼を避けるように歩いている。その少し後ろには幼なじみが女子生徒数人を引き連れて歩いている。
 
「…対称的だな」
 
 ぼそりと呟くと静が振り向いた。結構な距離があるため見えるわけじゃないが、目が合った気がして、しかもにやりと笑みを浮かべた気がして、一妃は眉間にしわをよせ目を逸らす。
 
「一妃。帰りましょう」
「あれ?今日、迎えは?」
「駅までよ」
「さすが、榛葉さん」
 
 優秀なというか過保護な親友の護衛とどこかすねたような声音の親友に一妃は苦笑してかばんを手に取った。
 
 そして、再び窓の外を見る。
 
 
 そこにはあの男子生徒の背中はなかった。
 
 
 
 
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