06
さわやかな朝の光がその大きな屋敷の窓から廊下へと降り注ぐ。その廊下を歩くのは妙齢の使用人である女性。
彼女はある扉の前でかるくノックして、朝は返事がないのはいつものことなので、そのまま扉を開け中に入る。
「お嬢様、起きて…」
舞咲家の使用人の一人、崎坂秋名(さきさかあきな)は舞咲家の一人娘であり彼女の主人を起こしに来て、目を疑った。
「ああ、おはよう」
制服のシャツに着替えている少女は、肩越しに振り返り秋名へと挨拶をする。
一方、秋名は。
「お、お嬢様!どうかなさったのですか!?ちゃんと時間通りに起きられるなど、どこか気分でも悪いのですか!?…ああ、どうしましょう!?旦那様は、今日はまだ出張から帰られない予定ですのに…」
「ちょ、待った待った待った!どういう意味だ、それは!!」
暴走する秋名を慌てて止めながら、ああもうどうしてこうなんだあたしの周りの連中はなどと胸中で一妃は零した。
「綺。笑うな」
「ふふふ。だって…くっ…ぉ…っかしっ」
昼休みに珍しく食堂でお昼を食べることになった彼女たちは、食堂の端、大きな窓のある方へと座り、昼食を食べていた。
そこで一妃から朝のことを聞いた綺はくすくすと笑っている。こんな場所でなければ腹を抱えて大笑いしているだろう親友を一妃はすねたように睨む。
その視線に綺は笑いを押さえながら謝った。
「ごめん、ごめん。でも秋名さんの気持ちもわかるわ。だって一妃ったら寝起きの悪さなんて悪いなんてものじゃなくて極悪じゃない」
「人を犯罪者みたいに言うな」
ランチのサラダを口に運びながら一妃が悪態をつく。綺は未だに笑みを零している。
一妃は朝が弱いのだ。そのため一人で起きるなど貴重で希少。一年いや一生にあるかないかほどのことだった。
一妃の幼いころからの付き合いである秋名が驚くのも無理はないことだった。
当の本人に言わせれば、たまには起きることもあると怒るのだが。
その時、人を何だと思っているだ、一体と思っていた一妃の視界の隅に人影が映る。自然にそちらに視線をやり―――手が止まった。
ざわつく食堂内がさらにざわついたような気配と一妃の様子から綺も振り返って、食堂の出入り口を見やり。
「うげ」
その綺麗な桜色の唇から美少女に似つかわしくない声を発した。
食堂の出入り口には、綺にとっての天敵かつ一妃にとってはトラブルメーカで幼なじみの男。そしてその隣に、笑みを浮かべ女の子たちに愛想を振りまいている幼なじみとは対称的な、どちらかというと鋭い空気を纏った男―――昨日の一妃が会った人物がいた。
* * * *
その目と視線があった瞬間―――時が止まった気がした。
切れ長の黒い目と一瞬、交差した視線はすぐさま外れた。
それもそのはず。
彼の周りには未だに拳をふるい、殺気だった不良といってもいいような連中がいるのだから。
一妃は呆然としていた。
あの目はなに。
脳裏に焼きついたようなそれは、切れ長の漆黒。
ぎらついたそれはナイフのような鋭さを持っていた。
幼なじみも似たような目をするときがあるが、それとはまた違ったものだった。
向かってくる拳を横へ流れるように避け、そのまま相手の顔面へと拳を叩き込む。そして片足を軸に後ろにいた一人のわき腹へもう片足を容赦なく叩き込む。
うめき声を上げて倒れる相手を一顧にせず、腰が引けている数人に向き直り、顔に飛んだ返り血を拭い笑む。
凄惨に。
「来いよ。怖気づいたのか?」
その強者が浮かべる笑み。
嘲りを含んだそれに怒りを覚えた残りの数人が彼に向かっていき、他の連中と同じように地面に倒れるまで時間はかからなかった。
* * * *
「…ひ。…ずひ……かずひっ!」
「うわぁ!」
耳元で大きな声を出され一妃の肩がはねる。
目の前には呆れ顔の親友である美少女。
「うわぁじゃないでしょ。何度、呼んでも気づかないんだから」
呆れ顔も美人がすると絵になると思っていた一妃は、その言葉にはっとする。
「あーごめん。で、なに?」
一妃がたずねると綺は嘆息してその繊細な白い指をある方へ指す。その先を見て一妃も顔をしかめた。
トレーを持ってこちらに向かっているのは幼なじみ。後ろからは数人の女子生徒たちだ。
「…逃げていい?」
「だめ」
一妃は親友の非情な返事に肩を落とした。
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