10 

 

 その日は別に何の変わりもなく終わるはずだった。
 少なくとも彼女はそう思っていた。
 この時、この瞬間まで。
 
 どちらかといえば大きな駅前通りの真ん中あたりで一人の少女はどうしようかと思っていた。
 目の前に立ちはだかっているのは数人の友好的ではないいかにも問題児ですといった格好の男たち。
 制服で上級生だということを認めてしまって、彼女―――一妃は胸中でうなだれた。
 誰が原因か一発でわかってしまうというのもなんともいえないが。
 
「あんたが舞咲一妃?」
「一緒に、来てもらおうか」
「つーか、こいつ本当にあの天城の女なわけ?」
「女じゃない!!」
 
 一妃が怒鳴って否定する。
 
 あんな鬼畜じみた喧嘩バカで女タラシの彼女なんて冗談じゃない。
 
 それが彼女の心からの叫びだった。
 
 一妃の言葉に男たちは顔を見合わせ、そのまま距離をつめてくる。
 やばいと思った彼女はすぐさまきびすを返し、手短な路地へと走りこんだ。
 
 ―――背後で聞こえる怒鳴り声など構っている暇はなかった。
 
 
 
*   *   *
 
 
 
 一本の着信がその男のケータイに入る。
 ガラスのテーブルの上に置かれたシルバーのシンプルなケータイがメロディーを奏でる。それにその部屋の中にいた男たちが反応した。
 持ち主であり、この部屋の主である男は周りの変わった空気に構わず、いつもと変わらずにそれをとる。
 
「俺だ」
 
 ケータイの向こうからの報告に彼は細く笑んだ。
 
「そのまま追いかけろ。…手は出すな」
 
 そういってケータイを切ると、部屋のソファに座っている男たちを見回す。彼らは一様に男を真剣な目で―――一妃が見れば喧嘩やりにいく前の怖い目だというだろう―――見ている。
 男は彼らの視線にも臆すことなく、面白い悪戯をやりにいく悪童のような色を顔に浮かべた。
 
「…さて、行こうか」
 
 その≪キング≫の命令にソファに座った男たちが一斉に腰を上げた。
 
 
 
*   *   *
 
 
 
「こら!待て、てめぇ!!」
「ぶっ殺すぞ!!」
「いい加減にしろ!!」
 
 一妃は必死で走っていた。それはもう五十メートルのタイムを計るときよりもずっと早く。でなければ、どうなるかわかったもんじゃない。
 ケータイで助けを呼ぶとかどこかに隠れるとかということは彼女の頭には入っていない。ただ、必死に細い道を右に左に曲がり相手を引き離すことだけを考える。
 
 脳裏に帰る前に綺がいっていた言葉を思い出す。
 
 
『いい?気をつけてかえるのよ?』
『わかったって』
『いいわね?寄り道なんてしたらだめよ?』
『お母さみたいだ』
『一妃!!』
 
 
 怒った綺の顔を思い出してくすりと笑みがもれる。
 コレのことかと思うと同時に、綺のその思いが単純に嬉しいというのもある。
 
 そして。
 
 幼なじみの含んだような飄々とした笑みが脳裏に浮かんで消える。
 あいつが何も考えてないわけがないという確信を抱きながら、夕暮れに染まる街をひたすら走った。
 
 そんなことを考えながら走っている少女の姿を見た男がいた。
 
 
 
*   *   *
 
 
 
「くそっ!どこ行った!?」
「足の、速い…女だな」
「天城の女だからな」
「あっち探すぞ!」
「早くしねーと兼近さんに殺されるぜ」
 
 息を切らせながら口々に言い合い、男たちが別れる。
 
 一妃は路地の角に隠れ、その会話を聞いていた。
 肩で息をしながらかばんを握り締める。
 怖いと感じない自分の感覚に苦笑する。それだけ幼なじみに巻き込まれているということなのだが。
 
 ていうか、誰が静の女だと声に出さずに、胸のうちでつぶやくだけにとどめる。
 
 男たちの姿が消えて、ほっと肩の力を抜く。
 様子を伺うように顔を少し覗かせ―――目の前にあわられた男の顔に固まった。
 
「見つけた」
 
 逃げようとした一妃の腕をすばやく掴み、男はにやりと笑い彼女を見下ろした。自分の後ろにいる影にも気づかずに。

 

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