12

  

「なぁ、黒崎。その後ろのヤツこっちに渡せよ」
 
 うげっと一妃が顔をしかめる。
 兼近の言ったことに一妃たちと対峙している兼近の仲間たちがにやにやと笑みを浮かべている。
 
 朝葉はその先日よりも多い人数に囲まれているにも関わらず、相変わらずの無表情を保ったままだ。
 何も言わない、反応もしない彼に一妃はまさか本当に差し出すんじゃないだろうなこの人と思って目の前の背中を見上げる。
 
 一方、朝葉は自分の目の前にいる連中を見て、雑魚かと胸中で呟く。
 兼近やその取り巻きを叩くのは彼にとっては簡単だった。
 
 ただ、問題なのは。
 
 引き渡せといわれた後ろの人物のことだ。
 庇いながら喧嘩など、彼はしたことがないし、しようとも思わない。むしろ邪魔だと思っていた。というか―――なぜ、庇っているのだろうかとも思う。
 
 そんなことを考えている辺り、朝葉には一妃を引き渡すという選択肢がないことを彼は気づいていない。
 
「黒崎、どうなんだよ」
 
 兼近が苛立ったように声をかける。
 一妃は少し足を引こうとしたとき、朝葉がくっと皮肉な笑みを浮かべる。
 
「何がおかしい?」
「いや。ただ、バカなボスザルがほえているだけかと思っただけだ」
 
 兼近の顔が怒りで真っ赤になり、対する一妃の顔は青くなった。
 
 煽ってどうするていうか絶対に間違いないこの人あいつの悪友だ間違いない。
 そう判断した一妃が遠い目をして。
 
「あ」
 
 一妃の小さな声に気づいたのか、朝葉は殺気立った兼近たちの後ろを見て目を細める。
 
「黒崎。お前、無事ですむと思うなよ」
「それはお前らの方だろ?」
「この人数で勝てると思ってんのか?」
「言っただろ?」
「は?」
 
 兼近が顔をしかめる。朝葉は嘲笑に似た笑みを浮かべる。
 
「バカなボスザルがほえるなって」
「てめっ」
 
「ぐえっ」
「うわっ」
「う゛っ」
 
 数人のうめき声と共に人の倒れる音がして、気色ばんだ兼近たちが背後を振り向き、驚きに目を瞠る。
 
「さーがしたよー。かーねちかくん」
 
 いつの間に来たのか、車やバイクのヘッドライトを背に立っていたのは、いつもと変わらない飄々とした笑みを浮かべた天城静と彼のチームの数人のメンバーたち。
 
 静の笑みが冷笑に変わり、その目が凍えるような鋭さを帯びる。
 
「さて、始めようか」
 
 
 それが、乱闘の開始の合図だった。
 
 
 
 
*    *    *
 
 
 
 
 一妃は喧嘩をするなら他人を巻き込むな喧嘩バカがっと怒鳴りたくなるのをこらえ、広場を逃げ回っていた。
 
「この女!」
「うひゃあ!!」
 
 捕まりかけた一妃の前に静のチームのメンバーの一人が滑り込むようにして、相手を殴り飛ばす。
 
「ありがとう!」
「いえ、≪キング≫から目を離すなといわれてるんで!!」
「え!?大丈夫です!適当に逃げますから!」
 
 そりゃあもう全力で。音速で逃げます。
 
「とにかく!逃げてください!じゃないと俺らも危ないんで!」
 
 主に相手からの拳でなく≪キング≫である男が。
 
 それを知っている一妃は、言葉が終わるかどうかで再び殴りかかってきた不良を回避し、逃げ回りながら、何気なく広場の中心をみやる。
 そこには先程よりも人数が増え、乱闘になっていた。さらにその中心には、幼なじみがこれまた容赦なく殴り飛ばし、蹴り飛ばしで実に楽しそうに叩きのめしている。
 生き生きしすぎだと呆れる一妃の視界に写ったのはもう一人の人物。
 
 一人を囲んで硬直している不良たち。
 囲まれている方がごく自然体で足を一歩踏み出すと、緊張に耐えかねたのか、一人の不良が声をあげながら突っ込み、軽くかわされ転んだ。
 他にも向かってくる不良たちの拳を避け、強烈な蹴りを叩きこみ、数人を巻き込むように投げ飛ばし、自分を殴ろうとした鉄パイプを平気で掴みとり奪うとそれで相手の顔面を殴り、昏倒させる。
 その様子を見ていた一妃は足を止めて呟いた。
 
「し、静より容赦ないな」
 
 そう顔を引きつらせたとき、目があった。
 思わず硬直した瞬間、何を考えたのか鉄パイプを振り上げこちらに向かって投げた。
 
「い!?」
「ぐっ」
 
 一妃がとっさに目を瞑ると風が傍らを通り過ぎ、後ろから奇声と倒れる音が聞こえる。
 後ろを振り向いて確認すると顔を抑えた不良の一人がうめいていた。
 
 が、助けられたという安堵よりも危機感や怒りといった感情がごちゃまぜになった一妃は。
 
「危ないわ!!この喧嘩バカー!!」
 
 と、怒鳴った。
 
 その怒鳴り声さえもかき消されるほどの怒号や骨の当たる音がその辺りには響いていた。
 
 
 
 
 
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