13
時刻は十九時半をさしていた。
ケータイをしまって、一妃は目の前の惨状に目をやる。
屍累々(しかばねるいるい)とはまさにこのこと。
静のチームのメンバーたちも無傷とはいえないが、少なくとも軽症で、兼近の方は完璧にのびている人数の方が多いように見える。
もっとも、そんな中でぴんぴんしているのは、飄々とした笑みの静と対称的に無表情の朝葉だけだ。
「カズ、大丈夫かー?」
「だい、じょうぶ、に、見える?」
息も絶え絶えに言う一妃に静はにと笑う。
「文句言えんなら大丈夫だろ。よかったよかった」
よくないと静を睨む。
身長差のせいでどうしても一妃は静を見上げることになる。睨みつけてくる幼なじみに彼は怖くないんだよなと思いながら、にんまりと笑う。
途端に一妃は身を引いた。
「なに?」
「んやー、別に。ただ…」
手が伸びてきて一妃の頭をわし掴みにする。
「うぎゃ」
「気ィつけろっていったよなぁ」
「いいから、離してってば!髪の毛がぐちゃぐちゃになる!」
頭を揺さぶられるように髪の毛をかき回される一妃が逃げるように体をよじると、満足したのか静は手を離す。
まったく何するんだ喧嘩ばかがとぶつぶつ言いながら髪を整えている幼なじみを見下ろす。
その目には先程のような凍えそうな光はない。
むしろ、妹をみるような慈しみの色がある。
「そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?よかったら送るけど」
「うわ!ヤバイ!!じゃあね、静!」
「気をつけて帰れよ」
「わかってるよ」
「お菓子をくれるっていう変なオヤジについていくなよ」
「あたしは三歳のガキか!?」
突っ込む一妃を笑いながら見ていると彼女が走っていた足を止め、振り向く。
「静!ありがとね!」
そう言って、再び地面に倒れている不良たちをよけながら走って広場を出て行く一妃を見送り、静は自分の傍に来た悪友を振り返ると悪友は口を開いた。
「…仕組んだな?」
「何のことだ?」
質問に質問を重ねる。
一瞬、朝葉と静の視線が交わされ―――にやりと静が笑った。
「それより助けてくれたんだって?」
朝葉はその揶揄するような口調に眉を寄せる。
「……偶然だ」
「へー」
含んだいい方に朝葉が問いかけるような視線を悪友にやる。
周りではメンバーたちが各々、バイクに跨り引き上げる準備をしている。
「お前がねぇ」
「何が言いたい」
「いや。ただ、誰がどこで泣いてようが喚いていようが手は貸さない助けない、勝手に泣け喚けのお前が、ついでにいうと、付き合っている女の名前すら興味ないってくらい他人に無関心で冷たいお前が………『助けた』ねぇ」
楽しそうに言葉をつむぐ静を朝葉は見据えた。それだけで彼のまとう空気はより鋭利になる。
静はますます目を細めて笑む。
「ま、助かった。ありがとな」
「…気が向いただけだ」
「あれ?偶然じゃなかったのか?」
静の突っ込みに朝葉はもはや何も言わず、そのまま背を向け広場を後にした。
悪友の背中を見ながら、静はにんまりと笑う。
「……面白くなってきたなぁ」
それは小さな呟きだった。
* * *
ただ、単純に体が動いただけなのだ。
悪友に聞いた幼なじみ。
興味はあった。
ただ、それはよくあんな奴の幼なじみをやっていれるなというのだった。
それが、どうして。
ありがとう、と言った。
それだけだ。
話もしたこともない。
ただの知り合いの知り合い。
それなのに。
彼はそのままネオンの眩しい夜の街へと消えた。
始まりは、彼らにとってはささいなことだった。
それがいつ華咲くのか未だ、誰にも分からない。
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