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「えーと、秋名さん?」
「何でしょう?一妃お嬢さま」
完璧な笑顔で笑う専属の使用人であり、自分の理解者の一人であるその人に一妃は顔を引きつらせた。
朝起きて着替え、朝食を食べてというところまでは何も変わらなかった。
そうこれから学校に行くというそのときまでは。
「これどういうこと?」
屋敷の前、正確には玄関を出ると目の前にドンと自家用車である一般的に見て高級車とわかる車が横付けされ、運転手は見知った老紳士のような風貌のその人が待機している。
「これって…まさか」
まさかと思いながら聞く。
「ああ、最近お帰りが遅いので、そのことを旦那様に申しましたところ、ご心配されて送り迎えをということになりましたので、今日からさっそく」
「聞いてないけど!?」
「ええ、今申し上げましたから」
「どうして!?」
「理由も申し上げたとおりです。旦那様がご心配なされて…」
「ありえない!!どうせ、多分ていうか絶対、『そうか、帰りが遅いのか。じゃあ、お仕置きをかねて送迎をしてやってくれないかい?』とかって胡散臭い笑顔を浮かべて楽しそうに言ったんじゃないの!?」
一妃の絶叫に近い叫び声に秋名はさすがというべきか動じずにまあまあとのたまった。
「さすがお嬢さまですね。まったくその通りです」
嬉しくない!と心で叫ぶ一妃を黙殺して秋名は自分の夫であり、運転手である老紳士然とした崎坂悠二郎(さきさかゆうじろう)に微笑む。
「じゃあ、お願いします」
老紳士は秋名、自分の妻と同じように微笑みながら一妃に言った。
「お送りします。お嬢さま」
瞬間、彼女は自分の敗北を知った。
* * *
耳元を風が通り過ぎる音が聞こえる。他には音はない。
聞こえるのは風の音とバイクのエンジン音だけだった。
カーブで体を倒して曲がり、そのままスピードを上げる。
そして、ブレーキをゆっくりかけ停まる。
駅前のざわつくロータリー。
そこで彼らはバイクを降りて、そのまま雑踏の中に消えた。
* * *
黒崎朝葉は地下鉄からホームに降り立ち、改札を通るとそのまま地上の方へと続く階段を上る。
そのときも彼に向けられる他校や北皇高校の生徒、主に女子生徒の視線を感じるもいつものことなので特に気に留めない。
というよりも、どうでもいいと彼は思っている。
煩わしいだけだ。
向けられるこの視線は。
かすかに聞こえてくる自分の名前と抑えた声音。
うっとうしいと思いながら地上に出て、そのまま学校へと足を向け―――ようとして、そのまま繁華街の方へと向かう。
シャッターは下りて朝だというのに人気はなく、逆に寝静まっているような静寂に満ちた場所を歩く。
そのまま手短な路地へと入った。
途端に、響く複数の足音にも彼は動じない。
それが狭い路地で、前と後ろを複数の不良たちにふさがれても同じことだった。
「お前ら、朝から暇人だな」
「うっせー!!黒崎!!」
「ぶっ殺してやる!」
「いい気になってるんじゃねぇ!!」
朝葉のバカにしたような言葉にいきり立つ不良たち。
地下鉄の改札口辺りで、こちらを伺っている何人かを見たときからこんな予感はしていたが。
「…あいつのバカが移ったか」
小さな呟きと共に、持っていたかばんを地面へと投げ捨てた。
初めはそれをみて不審に思ったのだ。
どうしてそっちに行くのかと。
幼なじみの友人でもある彼もよくサボったりしているのだろうかと思う。
「お嬢さま?」
運転手である悠二郎に声をかけられ、一妃ははっとして振り返る。
そこには心配げなまなざしがあって、彼女は笑う。
「なんでもない……よ」
言いながら視界には彼の後ろをついていく髪を染めて、周りを警戒しているような目をした不良ともいっていい数人の男たち。
彼らは前を歩いていた彼の後に続いていく。
「お嬢さま?どうかなさ…」
「ごめん!!このままここにいて!!」
「お、お嬢さま!?学校はあちらですよ!?」
悠二郎の仰天した顔とその声をバックに一妃は走り出した。
なぜか、嫌な予感だけがあった。
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