20

 

 体育祭や文化祭は嫌いではない。
 それはそのときの独特の空気が好きだからだ。
 それは喧嘩をするときとはまた別の高揚感を彼にもたらす。
 
 静は日に日に高まる学校の空気に笑みを漏らした。
 
 屋上に続く扉をくぐると高い位置にある太陽の光がまぶしく彼は目を細めた。そして屋上の一角、フェンスによりかかっている悪友を見つけ、そちらに足を向ける。
 朝葉は静に一瞬視線をやったが何もいわずにそのまま眼下へと目を向ける。
 
「一昨日は何があったんだ?」
「……聞いたのか」
 
 誰にとは言わない。
 北桜の地区にいる不良集団を一つに束ねているこの男なら、情報はいくらでも入る。街にはそのグループのメンバーが目を光らせているのだから。
 
 ついでに言うと一昨日というのは、不良に追いかけられた一妃を助けたことだろう。
 
「うちの連中は優秀でね」
 
 にやりと笑う悪友の目は面白いといわんばかりだ。
 
「何かあったのか?」
「それはお前だろ?普通に話してるじゃねーか。あいつと」
 
 あいつ。
 
 それが誰の事を指しているのか彼はすぐにわかった。
 
 自分を怖がらない目。
 ありがとうとお礼をいったときの仄かな笑み。
 
「気のせいだ」
「ふーん」
 
 いつものように返す朝葉に静が何かいいたげな視線をやるが、彼が何も答えないと知っているため静は話題を変える。
 
「体育祭。お前、来るだろ?」
「面倒だ」
「担任は強制参加だっつってたぞ」
「………」
 
 途端に渋面になる朝葉。
 
 彼らの担任は問題児でもある朝葉たちにも気さくに話をするだけでなく、ぞんざいな口調とどこかのやくざという風体で、教師かといいたくなるような人物だ。
 彼が強制参加といったということは絶対に何をしようとしてもそうなる。下手をすれば単位がありえないほどまずいことになる。欠席日数などを誤魔化したりはしてくれるが、強制のときは倍のペナルティーが帰ってくるのだ。
 
 一年前にそれを経験している朝葉は二度とあんなものを経験したくなかった。というか、二度もあってたまるかというのが本音だ。
 
「最後だろう。出ろよ」
「……お前は?」
 
 静は一瞬、きょとんとして破顔した。朝葉が聞いてくるのが珍しいのだ。
 
「出るさ。俺の活躍を期待している女の子が多いからな」
「言ってろバカが」
 
 そう言うと屋上の扉に向かっていく朝葉を追いかける静が笑みを浮かべながらいう。
 
「ひでーなお前も同類だろうが」
「お前だけだ」
 
 邪険に答える朝葉の声には、笑みを含んでいた。
 
 
 
*    *    *
 
 
 
 ざわつく会議室。
 されは主に女子たちの悲鳴だったが。
 
 北皇高校にある小会議室に体育祭の『赤』の組が集まり、組別の競技の抽選を行っていた。
 そこで一妃は組競技の二人三脚でくじを引いたのだが。
 どうしてこうくじ運が悪いんだあたしは。うなだれる彼女に綺が気の毒そうな、若干の哀れみと呆れを含んだ視線をやる。
 
「皆、引いたなー。これで決定だ。拒否は聞かないからな。あ、委員長、後で清書して持ってきてくれ。応援団はこの時間中に決めろよ」
 
 そういって、やたらとがたいのいいどちらかというとやくざに見える三年の担任は教室を出ていった。
 
 室内がいっそう騒がしくなる中、応援団の立候補者をあつめようと「委員長」と呼ばれた三年の男子生徒が声をあげている。それに何人かが立候補の声をあげるなか、一妃は周りから向けられる視線やこれからの心労を考えて机に突っ伏した。
 
「……夢なら覚めたい」
「残念ね。現実よ」
 
 隣に座る冷たい綺の言葉に一妃はぐうの音もでない。そんな彼女に近づいたのはひょうひょうとした笑みを浮かべた幼なじみだ。一妃たちはこの幼なじみと同じ赤組だったのだ。しかも。
 
「どうしたんだ?カズ。元気ねーな。まあ、二人三脚よろしく」
 
 最悪だ。お前のせいだと喉まで出かかった言葉を呑みこむ。ここで何はやらかしたら後が面倒なことになる。
 主にこの会議室にいる一年から三年の女子生徒を敵に回す真似はあまりしたくない。静は彼女の葛藤を知っているのか知らないのか―――一妃は後者だと断言できるが―――にんまりと笑みを浮かべて幼なじみを見下ろしている。
 この野郎と睨みつける。と、その彼の背後にいる人物に彼女は軽く声をあげた。
 
「朝…ばって、あっ黒崎先輩」
 
 ちらりとその目が一妃を見たので彼女は慌てて口を開いた。怒られるとは思わないが眉を寄せ不機嫌な顔をするかと思えば、返ってきたのは意外な言葉だった。
 
「いい」
「へ?」
「朝葉でいい」
 
 きょとんと一妃がその言葉を反芻する。綺は信じられないものを見るように瞠目し、静はいつもの笑みはどこへやら、驚きに目を見開いている。そして朝葉の口から続けて出たのは彼らが自分の耳を疑うのに充分だった。
 
「敬語もいらん」
「えーと…じゃあ、朝葉でいいの?」
「好きにしろ」
 
 そう淡々と返された返事に戸惑いながらも笑う一妃の傍で硬直した彼女の幼なじみと親友がいたのは言うまでもない。

 

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