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 放課後の校舎には部活をしている生徒の声や、近々行われる体育祭の準備で騒がしい。
 あちこちから聞こえる音楽や声は応援団の声だろう。
 
 そんな陽気な空気の中、その場所だけは逆の空気を生み出してい
 何人かの生徒が集まっている。その中心には、いかにも勝気そうな顔をした少女だ。染められ、ゆるく巻いた茶色の髪の毛を彼女はうっとうしげに背中へ払う。
 その表情には確かな不快が刻まれている。
 
「なんなのよ。あの子」
 
 口から出たのは明らかな嫌悪を含んでいた。周りにいる生徒は全員女子生徒だ。彼女たちも一人ひとり個人差はあるにしても、同様の感情を顔に現していた。
 
「そうよ。何様のつもりなの」
「大体、先輩に対して敬語も使わないなんて」
「可愛いわけでもないのにちょっと話したくらいでいい気になっちゃって」
「そうそう。信じらんない、サイテー」
 
 口々に不満を言う彼女たちの中心である少女は、その目に暗い嫉妬を宿して、周りの少女たちを見た。
 
「わたしもそう思うわ。何よりあの人に近づくなんて許さない」
 
 同感だといわんばかりに少女たちが各々、頷く。それを見て中心の少女―――椋野憂はうっそりと笑った。
 
「……思い知らせてやるわ」
 
 少女の歪んだ笑みが夕日に浮かんだ。
 
 
 
*    *    *
 
 
 
 夕暮れの街を歩く。
 一妃の隣には綺が、そして前には静がいる。そして後ろには珍しく朝葉。
 この四人で歩くのってすごく目立つかも。そう一妃が思い始めたのは校門を出た後からだ。
 
 北桜の地元の公立高校や他の私立高校にも静と朝葉の顔は知れている。どちらとも喧嘩関係が主なのがなんとも言えないが。一方、綺は外見が外見なだけに他校の男子にも有名なのだ。
 
 そんな有名人がそろいもそろって歩いているとなれば、放課後の大通りには他校の生徒もいるわけで。
 
「視線が痛い」
 
 ぼそりとした呟きを拾ったのは綺だ。
 
「そう?気にしていたらキリがないわよ。雑草と一緒だと思わないと」
「綺サン?何気に酷くないか?」
「あら、何か言いました?天城先輩」
 
 綺の冷たいセリフに静が笑みを浮かべながら返すが、逆に花のような微笑を返され静は軽く肩をすくめた。
 
 目が笑っていないそれに一妃は綺と少し距離をとる。怖い。
 すると必然的に朝葉と並ぶことになるのだが、そこで彼女はふと隣を見上げた。
 
 体育祭の話し合いのときに積極的に話しに加わろうとしてなかった姿を思い出して、首をかしげる。静や自分とは普通に話す彼を周りの生徒たちは少し遠巻きに見ていた。その中には、女子生徒たちの熱い視線だけでなく。
 
 一妃は眉を寄せる。
 
 舞咲である自分に向けられるのは、多くは妬みや憎しみに近い感情だ。お嬢様という立場であるがゆえに幼い頃から向けらているそれには慣れている。ただ、それとは違った視線。
 
 一妃たちの近くにいた、壁に寄りかかっていたこの男に向けられていたのは、どこか恐れを宿していた。
 
 朝葉を恐いと意識していない一妃にとってはそれが不思議でしょうがない。同時に、名前で呼んでいいといわれた時に、なぜ幼なじみと親友は固まったのだろうか。それも彼女には疑問だった。
 そんなことを考えていると、視界がゆれ、がくんとなった所で体を支えられる。
 
「うわっ!」
 
 地面を見るとどうやら段差に躓いたらしい。自分の支えたのは確認するまでもなく隣を歩いていた朝葉だ。
 見上げると表情は変わらないがその目には若干の呆れの色がある。
 乾いた笑いしか出てこない一妃は取りあえず、お礼をいった。
 
「ありがと」
「前を見ろ」
「そうする」
 
 二人の様子を前を歩いていた二人はなんともいえない様子で見ていた。
 
「どう思う?」
「わたしに聞いてどうするの?」
 
 静に綺が冷たく返す。それに静はめげずに少しだけ真剣みを帯びた声を出した。
 
「綺」
 
 綺が軽く眉を寄せる。わかっている。冗談で言っているのではないことは。
 
「どうって、わからないわ。一妃は……興味を持ってるみたいだけど」
 
 非常に不本意だが。
 
 綺は朝葉がなんと言われているか知っている。伊達に顔が広いわけではない。綺の様子に静は軽く笑う。それを見た綺は不機嫌そうに静を見た。
 
「顔が崩れているぞ。朝葉も何だかなぁ」
 
 そういいながら再び背後の二人に視線をやる。
 
 静は朝葉が名前を呼んでもいいといったときは本当に驚いたのだ。
 彼はあまり人を寄せ付けない。それは、彼の性格としかいいようがないだろう。過去になにがあったのかなど知らない。ただ、以前、馴れ馴れしく自分に近づいてきた女に対して凍えるような眼差しを向けたのを覚えている。
 
 その彼と普通に会話をしているというだけで、希少だ。
 
「相手が問題だわ」
 
 綺の呟くような声。
 
「知ってたのか」
「当然でしょう。知らないのはあの子ぐらいよ」
 
 確かにと納得して静は笑う。
 
 黒崎朝葉。静のチームや北桜の地区にいる、いつくかのストリートの不良たちはこの名前を聞くと、顔色を変える。顔色を悪くするもの、怯えるもの様々だがそこには確かに恐れがある。
 
 
 『狂犬』。
 
 
 それが朝葉のあだ名だった。

 

 

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