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 いろいろな人の思惑や疑問、嫉妬などをよそに時間は過ぎていく。あっという間に。
 そんな訳で、その日が来てしまった。
 夏に入る前のからっとした陽気にどこか騒がしくも賑やかな空気が北皇高校を満たす。本日は晴天。
 ―――体育祭日和だった。
 
 
 
*     *     *
 
 
 
 うっとうしい。
 それが彼の胸に浮かんだ最初の言葉だ。
 黒崎朝葉は自分の傍にいる―――正確には付きまとっている―――女子生徒を完全に無視していた。
 
 体育祭というあまり参加した覚えの無いものに、強制的に参加させられている朝葉としては、それだけで苛立ちのボルテージは上がっているにも関わらず。何を思ったのかは知らないが、開会式が終わって一人でどこかで過ごそうとしていた朝葉に、甲高い声をあげてくっついて来たのが、現在も付きまとっているその女だ。
 
 ゆるく巻いた茶色の髪をまとめた、勝気そうな顔立ちの女は体操着の腕のところにはいったラインの色から一年だとわかった。名前も名乗られた気がするが、忘れた。というか、そもそも彼には覚える気など皆無だった。
 
 今の現状は、女に纏わりつかれることをわずらわしいとしか思ってない朝葉にとっては、面倒なことこの上なく、鬱陶しいと思う他、何者でもなかった。
 
「それで、ですね。その時に…」
 
 女は朝葉の傍で勝手に言いたいことを話している。
 いい加減に撒くかと思い、視線を何気なく向けたところに見知った顔があった。
 
 赤色の鉢巻を頭にして、友人らしき男子生徒と話しているのは、美少女とその親友である小柄な女子生徒だ。どうやら何か問題があったらしく、男子生徒が美少女と話をしながら小柄な生徒に向かって何か言っている。
 
 その時、小柄な生徒の視線が朝葉と合う。彼は、それにらしくなく表情が強張るのを感じた。最も無表情のお陰で、傍にいるうっとうしいと思っている奴や相手に気づかれることはなかったが。
 
 小柄な生徒―――一妃はかすかに笑って、また視線を美少女と男子生徒に戻した。それに朝葉はそれと分からないように表情を緩める。そんな一部始終を見ていた、彼の傍にいる女が唇をかんだ。
 
 
 
*     *     *
 
 
 
 結局、体調が悪いといって保健室にいった生徒の代わりには別の生徒が当てられることになった。
 始めは一妃にといわれたのだが、親友である綺が反対した。丁度、その競技の後の二人三脚に出ることになっているのだ。連続は無理だ。
 委員長である男子生徒も納得して、丸く収まったのだが。
 
「なーにが気分が悪いよ。元気じゃない」
 
 悪態をつく綺の視線の先には、先程、保健室にいった女子生徒がいる。一妃は彼女たちに見覚えがあった。
 
「椋野の取り巻き連中が、まったく」
 
 そう。こちらをどこか険のある目で見ているのは椋野憂の取り巻きたちだ。椋野はいない。朝葉にべったりとくっついているのを見た。
 
 そう言えば。
 
 一妃はちらりと視線をやる。そこには先程までいたはずの人物はいない。どうやらどこかに行ったらしい。
 
 朝葉とは朝から一度も口を聞いてない。それが学年の違う二人にとっては普通だろう。が、最近は朝、一緒になることが多かったせいか、学校まで一緒に来ていたのだ。帰りも一緒になれば帰っていた。
 そのせいか、話していないというのは、なぜか違和感を感じるのだ。
 
「一妃。あたしは委員の方にいくわ。次、がんばってね」
「うん。じゃあ、また」
 
 綺は他の委員の人に呼ばれたのか、その生徒と一緒にテントの方へと走っていった。
 一妃は暇だと思い、トラックの中で行われている競技に目を向ける。どうやら三年生の団体競技らしい。結構、盛り上がっている。
 
「舞咲さん」
「え?」
 
 後ろから声をかけられ、一妃が振り向く。そこにいたのは見覚えのない女子生徒だ。
 
「あの、倉庫の方に来てくれって。委員長が」
「倉庫?」
 
 ここでいう倉庫は、グランドの端にある倉庫ではなく、校舎の向こうにある倉庫のことだろう。
 嫌な予感がするなと思いながらも、うなずく。
 
「わかった」
 
 委員長とは先程、一妃に代役を頼めないかといってきた男子のことだ。何か問題があったのかと思いながらそちらに向かう。
 
「あれ?一妃、どこ行くんだ?」
 
 人ごみを避けていくと、目の前から静が歩いてきた。まだ、午前中だというのに体操着が泥だらけだ。
 
「倉庫の方に委員長に呼ばれてね。それより、それどうしたんだ?」
 
 眉を寄せる彼女に幼なじみは笑う。
 
「ああ、ちょっと頭の弱い連中と運動をしてきた」
 
 その含んだような笑みに、大体の察しがついた彼女は呆れたように息をついた。
 
「喧嘩バカ」
「光栄だね」
 
 褒めてないと思いながら、一妃は静のよこを通り過ぎる。
 
「じゃあ、また後でね」
「ああ」
 
 そういって校舎の方へ向かっていく幼なじみの背を見ながら、彼は何気なく視線を動かし、その目を細める。
 
 一妃の後を追うように何人かの女子生徒が校舎の方へ向かっていくのを見ながら。
 
「どうやら、面白いことが起こりそうだなぁ」
 
 そう口を歪めた。

 

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