29+α おまけ(29話の帰り道の二人です)

 

 用事があるとか何とかで静が、朝葉に一妃を送っていくようにいい、二人は一緒に帰ることになった。
 朝葉は静の様子に、違和感を覚えたものの一妃を一人帰すわけにも行かないので、そのまま頷いた。
 
 帰り道、一妃は隣にある存在感に安堵していた。実際、隣に彼がいるのは久しぶりなのだ。
 並んで歩いていると朝葉が逡巡しながら口を開いた。
 
「……大丈夫なのか?」
「へ?」
「いや、その一昨日…」
 
 不思議そうに自分を見上げる視線に罰が悪そうに視線を逸らした。
 
 襲われたと聞いたから、あまり歩いて返らないほうがいいのではないかとも考えながら口にする。一妃は、きょとんとしていたが、次の瞬間には淡く微笑んでいた。
 ちょとした気遣いが嬉しく、くすぐったく思う。
 
「大丈夫。その、ちょっと殴られたくらいだし」
「殴られた?」
 
 朝葉の顔がかすかにこわばる。悪友がこの場にいたなら、即座に抑えろとでも視線をおくっていただろう。声音もどこか不穏な色を含んでいたが、それに彼女は気づかずに続ける。
 
「それに…えーと、あの人。この前、静にやられてた……うーん、あ!兼近だ!兼近って人が通りかかって助けてくれたし」
「………」
 
 今度こそ彼は一妃にもわかる程度に顔をしかめた。朝葉の記憶にある兼近という男の印象は「助ける」という単語からかけ離れている。
 
 兼近賢介という男は、そんな人物だっただろうか、と内心で首をかしげる。ことあるごとに静に食って掛かり返り討ちにあっていた哀れなやられ役という印象しかない朝葉は、なんとも言えない顔をする。
 
「朝葉?」
「あ、ああ」
「どうかした?」
「いや」
「そ」
 
 隣をあるく一妃は、どこか機嫌がいい。殴られ、あまつさえ兼近が助けたというのは、なぜか複雑な感情を覚えたが、本人は無事だったのだから良しとするべきだろう。
 
 素直に頷けない部分はあるものの、きっちりと犯人には、お礼をするつもりだ。
 
 それはもうきっちりきっかりと。
 当たり前のこととして。
 
 倍にして返すべきだと思っている。それと同時に、そんなことを考える自分に少々、驚いていた。それだけ、この場所を好ましく思っていたのだと気づく。
 
だからこそ、穏やかな空気を壊す気は彼にはない。
 
「……改札まで迎えにいく」
 
 もちろん、その空気を作り出している本人を害する気もないのだ。そう思い口にだした言葉に返事が返ってこないのを訝しく思い、彼女の方をみる。そして、彼はその切れ長の目を瞬かせた。
 
 視線の先には、丸い目をさらにまん丸くした一妃。ついでに言うと顔には、意外や驚きといった言葉がぴったりという表情をしている。
 
「なんだ?」
 
 平坦な声に一妃は、はっとする。びっくりした。意外に、本当に思いもよらないことを言うのだこの人物は。だが、それがまったく嫌でもなければ迷惑だと思わない。むしろ、胸が温かくなる。
 
「じゃあ、よろしくお願いします」
「わかった」
 
 そういいながら帰り道を歩いていった。二人一緒に。

 

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