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季節は夏真っ盛り。
夏休みがもう間近にせまっている季節。夏休み前にあるのが、定番の期末テストだ。
目の前には試験の日程表。一妃は、無意識のうちに眉間にしわを寄せる。
なんで、数学と生物と世界史が一緒なんだろうか。なにかの陰謀か。生物と世界史なんて暗記科目が一緒なんておかしくないか、というか数学も一緒とかあたしに勉強して死ねっていうのかなどと、恨み言を胸中で呟く。
一方、教壇の方では、彼女の胸中とは打って変わった表情の担任の教師が―――ちなみに担任は数学の担当だ―――さわやかに笑って言った。
「いいかー。他のは大目にみる。だけど俺の教科は間違っても赤点をとるなよ。とったやつはもれなく夏休み返上で補習だからな」
途端に、あがる生徒たちからのブーイングにも担任は「楽しみだなあ、テストの採点」などと呑気に笑いながら、午後のホームルールは終わりを告げた。
帰り支度をする生徒やテストのことを話している生徒、または掃除の準備をする生徒、彼らが生み出す雑音の中で、一妃は自分に向けられた視線に気づき、視線をそちらに向け、眉を寄せた。
教室内のやや隅の方、そこに集まった数人の女子たちの視線は、好意的なものではない。入学当初から折り合いは悪かったものの、彼女たちがコレといって行動を起こしたのは体育祭のときだけだ。
それからは朝葉と一緒に帰ったりしているために、接触はない。が、最近は、また以前のように視線を感じるようになった。
「一妃」
視界がさえぎられ、視線をあげると綺がかばんをもって立っている。彼女は親友の少女に笑いかける。
「図書室、行かない?一緒に勉強しに」
この言葉に彼女は一瞬、迷った。朝葉とは今日も帰るつもりだ。図書室にいることを教えないと彼は自分を探すだろう。
迷う一妃の様子を見ていた綺は、何で迷っているのか察して苦笑した。
「黒崎先輩のことなら、あの喧嘩バカにお願いしたら?」
瞬間、一妃の顔が赤くなる。
「なな、ななんで…」
うろたえ、真っ赤になった顔の親友に美少女は嘆息した。周囲は彼らを完璧に付き合っていると認識するほどの空気を出しているのに、当人たちはコレだ。
無自覚って恐ろしいわねと思いながら、いまだに顔を赤くしている親友を図書室にさそうために彼女は、口を開いた。
* * *
「は?」
天城静は送られてきたメールをみて、思わず声をだした。それを傍で、煙草を吸いながら掃除をサボっていた悪友がちらりと彼に視線を送る。
静はメールの内容を見て、しばらく考え―――隣にいる悪友に目を向けた。
「なあ、お前、もしかしてあいつにケータイのアドレスとか教えてない?」
お前といわれた悪友は、紫煙を吐きながら「ああ」と答えた。静はその返答に頭を抱えたくなった。ちなみに、ここであいつと言われても悪友は誰のことかと聞かない。誰か聞くまでもないからだ。
「教えとけよ、お前。ほれ」
心なしか疲れたような静の口調に悪友こと黒崎朝葉は、差し出されたケータイの画面を見て眉を寄せた。
「図書室?」
「ああ、期末が始まるからな。それで勉強でもすんだろ。あいつは数学がとことんダメだからな」
くつくつと笑う静に朝葉はかすかに眉を寄せる。彼としては、期末など勉強しなくとも教科書を見てやれば、ある程度の点数が取れるので、大して試験勉強といわれるものをしてない。
「見てやったらどうだ?」
「…………」
眉を寄せ、沈黙する朝葉に静は苦笑する。この顔が大抵の人間には不機嫌としか映らないい。が、本当は困っているときや迷っているときのだと知っている静は、嫌がっていない彼に苦笑するしかない。
いかんせん、女には不自由してこなかったが、『普通の恋愛』はしたことがないといっても過言ではない朝葉にとっては一妃をどう扱っていいのか未だによくわからないのだろう。彼女本人もその辺りは鈍感だ。奥手ではないにしても、鈍感同士なのだから、多少の周りのお膳立ては必要だと静は考えている。
眉を寄せたままの悪友に、彼はこっそりため息をついた。
無自覚ってのは怖いなと。それは幼なじみの親友、会うたびに氷の火花をちらす美少女と同じ認識だった。
* * *
「あら、時間ぴったりね」
朝葉が図書室を訪れたのは、放課後、時間が経ってからだった。
怖いもの知らずなのだろうか、綺は朝葉を見てそう声を漏らす。彼はそんな彼女を不思議なものをみるような視線を向ける。
大抵の生徒や人間は、無表情の朝葉を見てとっつきにくい印象を抱く。その上、その喧嘩や荒事を彷彿とさせる鋭さを含んだ空気に、あまり近づくものはいない。外見がいいだけに、女には苦労してないが、それだけだ。面と向かって、付き合う相手はあまりいなかった。が、ここ最近、変化がある。それが、自分の傍にいる彼女や面と向かって話してくるこの美少女だ。
「一妃ならトイレよ。すぐに帰ってくると思うわ」
「そうか」
「ああ、そうだ。一つだけ忠告よ」
「忠告?」
穏やかな口調にほんの少しだけ緊張した色がまじる。それは静が何かあったときに発するものを似ていた。朝葉はこの時、この二人は似たもの同士だといっていた一妃の言葉に納得した。
「体育祭のときの連中が変なのよね。まあ、一応、気をつけたほうがいいわ」
「……わかった」
即答した綺に、朝葉は間を置いて答えた。
「あれ?朝葉?」
「お帰り、一妃」
帰ってきた一妃と綺の姿を朝葉は何気なくみやる。体育祭と聞けば原因は自分だという自覚はあった。そのことを自覚しながらも、彼は彼女の隣を動く気がないことも自覚していた。
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