39

 

 ばたばたと決して平和ではなかったテスト期間が終わり、期末テストもなんとか乗り越えた後、待っているのは夏休みだ。気分は陽気に、これからの予定で盛り上がっているはずだった。一人を除いて。
 
「なー、アレ。どうしたんだ?」
 
 放課後、彼は一つ年下の幼なじみやその親友と夏休みに遊ぼうかという話が出ていたために、その予定を確認しようと掃除が終わり、教室には彼女たちだけしかいないという時間に顔を覗かせたのだが。
 
 真っ先に飛び込んできたのは。
 
 なんと言えばいいのか、不幸という不幸を背負ってきて、もうだめというところまできたかのようなおどろおどろしい空気を背中に背負った幼なじみが机に突っ伏している姿だった。
 静があごで指したほうを綺がちらりと見やり、彼女はため息をついた。
 
「うん、その、まぁ。なんともいえないのだけど…」
 
 珍しく歯切れの悪い美少女に、そういえばと悪友の姿を思い出す。彼もこの二、三日様子がおかしい。
 
「何があったのかは?」
「ダメね。まったく話さないのよ。まさに貝の如く、よ」
 
 首を横にふり、お手上げという綺に静が離れた場所にいる幼なじみを見る。彼女が落ち込んでいるのを見るのは珍しい。初めてというほどではないが。
 悪友の様子がおかしかったのはコレかと確信すると同時に、もしかしたら。
 
「カズ、お前、言ったのか?」
 
 一妃の肩がかすかに動く。その反応ににやりと笑みを浮かべ静は彼女の前の席に腰を下ろすともう一度口を開く。
 
「そーか、そーか。言ったのか。ついに。よかったなぁ」
「ああ、そういうこと。何で隠すのよ」
「じゃあ、遊びに行くのも楽しみだな」
「そうね。イロイロ計画を立てて…」
 
 静の言葉が何を指しているか察して、綺が一妃の傍により話をし出す。が、一妃は二人が聞き取りにくいほどの小さな声で呟いた。
 
「……って…ぃ」
「ん?」
「なに?」
 
 静、綺がなんだというように一妃を見る。すると、一妃は耐え切れないとばかりに―――ヤケクソもあったのだが―――わずかに顔を上げ、ぼそりと呟いた。
 
「あたしって朝葉のこと好きなの!?言った…」
「あ?」
「は?」
 
 静と綺が思いもよらない言葉に目を剥き、思考が止まる。
 
 誰が。誰に。いやこの場合は、いやいや、流石にそんなことはないだろう、そう流石にこの超絶な鈍感なヤツでもと思いながら静と綺が口を開く。
 
「ちょっと、カズ。お前、確認するけどな…」
「それ、誰が誰にいったの?」
 
 静が片手で頭を抱え、綺が顔を引きつらせながら、彼の言葉を引き継ぐ。
 
「…あたしが…」
「お前が」
「……に」
「誰だって?」
 
 ずいっと顔を綺が一妃に寄せる。その顔には満面の笑み。だが、目は完璧に据わり、ごまかしは許さないと言外に告げている。
 
「…あ、さば、に……です」
「バカじゃないの!!」
「あたしだってそう思っているよ!!」
 
 綺が一妃に怒鳴り、静は片手で額を押さえながら天井を仰いで、悪友に心底、同情した。
 
 
 
*      *      *
 
 
 
 脳裏を過ぎる言葉に彼は深くため息を吐いた。それは疲れてだるさを感じさせるものではなく、ましてや、うっとしいといったものでもなく。ただ、単純に憂いを感じさせるもの。
 そうため息を吐いた彼の背中を見ていた男二人は、職場である喫茶店のカウンターの影で顔を見合わせる。
 
「何があったと思う?」
「喧嘩とかじゃないですね。絶対」
「そんな可愛い性格してないよ。幸紀くん」
「あー、あなたの甥っ子ですもんねぇっってぇ!!」
「ん?何?今何かいったのはこの口かな?」
「い゛っいいいひゃいでふぅうぅぅ!!」
「そうか、もっとして欲しいのか。はははは」
 
 こぢんまりとした喫茶店のマスターこと黒崎敦樹は店員の中でも古株、敦樹と彼の甥っ子を知っている初鹿野幸紀はいつものようなじゃれあいをしながらも、未だに何かを考え込んでいる―――落ち込んでいるようにも見えなくはない―――青年の背中を見る。
 
「幸紀くんを弄るのはこの辺にして…」
「うう、ひでぇ」
「問題は、どう気合を入れるかだな」
「俺、スルーされた」
「はいはい、いじけない。いい年こいた男が」
「敦樹さんに言われたくないです」
「もう一度されたいか?」
「スミマセンごめんなさい僕が悪かったのでそんなおっかない声を出さないでくださいっ!と……まぁ、これは酷いですね」
 
 そう敦樹に怯えながらも幸紀はカウンターからざっと店内を見回す。入っている客はいつもと同じだ。ただ、客たちの中の、女性の視線はいつもは無愛想、無表情、よく言えばクールで無口な青年が今日に限って物憂げな視線やため息をついているのに視線を釘付けだ。
 
「普段とのギャップがまたいいんでしょうねぇ」
「天然のたらしか。困ったな。…………いっそのこと、ケツを思いっきり蹴飛ばしてやろうか、あのガキめ」
「あ、敦樹さん?あの…目、据わってますけど?」
 
 後半の物騒なセリフを低い声で呟いた敦樹に幸紀が冷や汗を流す。そんな幸紀を横目でみながら、
 
「さて、どうするかな」
 
 と嘆息した。

 

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