バレンタインSS(*本編終了後の二人です)
身を引き締めるような寒さにも関わらず、彼はコートの前を止めずに足を進める。
受験が終わり、結果もでた。推薦では―――普段の素行が素行だったために―――無理だとわかっていたので、珍しくも机に向かった。悪友の方も要領はいいので、その辺りは問題ないのだろう。
そして、終わったと一息つける思っていたらバイトをしている先の店主からのラブコール。
『暇だろう?暇だよね?暇だな、というわけで……来い』
最後にはドスを利かせた叔父の声に頷くしかなかったわけで。
吐く吐息は夜の空へと吸い込まれる。きんと冷える空気と静寂を現したような空とは別に、並木には未だに電飾で装飾が飾られ、自分とすれ違うのは男女の組み合わせばかり。
受験ということもあり、彼女と呼べる相手とはあってはいない。連絡はとっているが、会うことはしなかった。何より相手には学校があり、自分の状況を考えて気を使ったのだろうと簡単に検討がつく。そういう人間だ。
お嬢様と呼ばれても可笑しくない、実際にそうでもある彼女は想像していたお嬢様像とはかけ離れている。箱入りは箱入りなのだろうが、わがままをわがままとしてきちんと理解しているし、相手をまず第一に考える辺りが少し違う。
自分の偏見も入っているのだろうし、色眼鏡で見ていることも自覚しているが、彼女がいる空間がひどく落ち着けるのは間違いない。
会いたいと思わないわけではない。が、どうするかとこれからのことを算段する思考に苦笑がもれる。
暦の上では恋人たちのイベントでもある二月十四日。
過去、一緒に過ごして欲しいといってきた相手をばっさり切るように袖にしてきた自分が一人の相手のことを考える日が来るとは誰が予想しただろうか。
コートのポケットに入っている携帯電話を取り出す。
もう少しで、自分の住んでいるアパートの前だ。手に持った携帯電話を開き、時間を確認しようとして。
ふと自分の部屋の前に視線が止まった。
部屋の前。見慣れたマフラーに。通路に背を預けるその小柄な後姿。
赤から青に変わり、信号待ちをしていた足が自然と前に出る。
急ぐようにと。
息を切らすことはない。アパートの階段を乱暴に駆け上がり、角から見えた姿に。
こちらに気づき仄かに息を吐きながら笑う姿に。
頭で考えるよりも手が伸びた。
腕の中にあるのは確かな温もり。
それにひどく満たされている自分を自覚する。
そして戸惑い混乱しているのであろう、もぞもぞと動くそれ。
「いつからいたんだ」
「ちょっと前かな」
「寒かっただろ」
そういいながら細い体を抱きしめる腕の力を強くすると、安心したように力を抜いたのがわかった。
「だって、さ、バレンタインだし」
受験が終わって会えるかと思って。それに会いたかったし。
会いたかった。
その言葉に。
そうイタズラが成功したような顔に。
嬉しそうに、照れくさそうに微笑む彼女の唇に。
耐え切れないとばかりに喰らいついた。
(ここ、外なんだけど!)
(誰も見てないだろう)
(そういう問題じゃない!)
(外じゃなかったらいいのか?)
(!?)
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