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穏やかな日差しと陽気な鳥の鳴く声。
窓越しの太陽の光がさっとあけられたカーテンの向こうからまぶたの裏に入ってきて、その部屋の主であり、現在、一人で眠るには大きなベッドの上でうめき声を上げた少女は再びベッドの中へと逃げるようにもぐる。
「お嬢様。起きてください。お時間ですよ」
「う゛ー」
「お嬢様。遅刻なさいますよ」
「ん゛ー」
「……朝食はお好きなメープルのクロワッサンです」
ピクリと丸くなったシーツの山が動く。それを見逃す彼女ではない。
なにより長年仕えている主だ。思考を読むなど容易いこと。
「デザートはお気に入りのイチゴとリンゴが乗ったミニパイです」
ぼそりとした長年の彼女専用の使用人である妙齢の女の言葉に丸まったシーツががばりと跳ね上がる。
そこから出てきたのは寝ぼけた目の少女。
「…おはよう」
「はい、おはようございます。一妃さま」
寝起きで不機嫌そうな少女―――舞咲一妃(まいざきかずひ)とは反対に使用人である秋名(あきな)はにこりと年季を感じさせる完璧な笑みを返した。
* * *
「坊(ぼん)。起きてらっしゃいますか?」
「ああ」
ふすまを開けて入ってきたのはさわやかな朝から見るには強烈でかけ離れた強面の顔をし。がっしりとした体格のスーツ姿の男。続いて入ってきた男は最初の男よりもやさしげな面差しで、体は細いが鍛えられていると分かる体格で決してひ弱な印象は受けない。
そんな二人を見て若と呼ばれた青年は顔をしかめた。
「なんで朝からヤローの顔なんか…」
「ああ、それは同感ですね。わたしもこの顔はちょっと遠慮したいです」
「嫌味か」
「おや、そう聞こえましたか」
「いいコンビだな」
強面と優男の会話に青年は茶々をいれると男二人はぴたりと止まり、自分たちの主を見る。
「それは勘弁してください」
「同感です。これがか弱い女性ならともかく」
「くくく、そうか」
ベッドから降りた青年は癖のついた茶色の髪を気にすることなく喉の奥で笑う。それはどこか青年を年相応に見せる。
つい強面の男の顔と優男の顔に柔らかな笑みが浮かぶ。が、次に自分たちの役目を実行すべく動き出す。
一人は紺色の制服を手にとり。
一人は朝のお決まりの言葉を。
「頭たちがお待ちです。若」
言葉を聞きながら天城静(あまきしずか)は寝巻きを脱ぎ捨てた。
* * *
音もなく静かに白いカップがカップソーサに置かれる。
「今日のお帰りは?」
「いらない。一妃と帰るから」
「はい。では駅でお待ちしてます」
少女は美少女といっても過言でない顔に笑みも浮かべず淡々と返す。そして、ため息をついてテーブルに肘をつき、手にあごを乗せる。
「あー、もー学校サボって遊びたいわ」
「お嬢様」
「はいはい。しませんよ」
「ではなく、スカートがめくれています」
組んだ足はすらりと細く肌は透けるように白い。恥ずかしげもなく肌を出している少女は抑揚のない言葉に耳を貸さなかった。
「けちけちするんじゃないわよ。コレくらい。下着がみえたわけじゃないでしょうに」
傍らにいる黒いスーツ姿の男にたしなめられて、紺色のブレザー姿である制服姿の少女は顔に似合わず乱暴な言葉を吐いた。
「今日の下着は昨晩、見ておりますので」
「…は?………っ!?」
「ああ、お時間ですよ。綺(あや)さま」
一瞬、呆けた少女は次の瞬間、顔を真っ赤にさせたが、男はどこ吹く風と言わんばかりに時間を告げる。
「〜〜〜〜っ行ってくる!」
「いってらっしゃいませ」
嘉神綺(かがみあや)はボディーガードを顔を真っ赤にして睨みつける。それを彼は口元に笑みを浮かべながら頭を下げた。
* * *
けだるげな空気の中、ベッドの上の住人はピクリとも動かない。その住人の隣に寝ていた女の細い腕が住人である青年に伸びたが軽く払われる。
「触るな」
触られたことで起きたのかうっとうしげに起き上がり、ベッドの下に霧散した服を着始まる。
「ねえ、次はいつ会える?」
「……」
「ちょっと、聞いてる?あさ…」
女が起き上がりシーツを裸の体に巻きつける。ベッドから降りて青年に近づき昨晩、触れて重ねた熱い肌に手を伸ばす。
瞬間、乾いた音と共に手が乱暴に振り払われ、女は驚きに目を見開いた。
そこには冷めた目をした青年が自分を睨みつけている。
「名前を呼ぶな」
「…え?ちょっ、ちょっと」
一言だけいうとさっさと女の部屋の玄関に向かう青年に彼女は慌てて声をかけた。青年は玄関の扉を開け肩越しに冷たい一瞥を女にやる。
「…あんた飽きたから、もう来ない。じゃあな」
「え!?待って!黒崎くん!!」
甲高い女の声をさえぎるように扉を閉め、黒崎朝葉(くろさきあさば)はその場を後にした。
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