恩恵の狂想曲 07


  顔を上げれば、その通りには店を出して声を張り上げている商人、芸を子供たちに見せている大道芸人、笑いあって幸せそうな恋人たちや家族、はしゃぎまわる子供の声。優しい風の運ぶ食べ物の匂いと土の香り、鳥のささやかなさえずりと、穏やかな日差し。

 そこにあった穏やかな空気とは程遠い、陰鬱な雰囲気を持った魔法士。
その場にいるのに周りの人間はその人物に気づいていない。いないようにただひっそりとたたずみ、それでいて景色から切り離されたような存在感をかもしだしている。
 
 危険だと白刃の頭の中で警鐘がなる。
そして、その魔法士の目が細められ、愉悦に口が歪んだ瞬間。
白刃の視界が暗転したと同時に、彼女の姿はその場から掻き消え、気づいた者はいなかった。
 
 
――ただ一人を除いては。
 
 
 
 店の品物を持った手がピクリと動く。その厳しい光を宿した紫紺の双眸を人ごみで賑わう大通りへと向ける。
 
「旦那、どうかしたんですかい?」
 
 店員のいぶかしげな声に、なんでもないと答えると商品を棚に戻してオーディンは店の外へ出る。
 大通りに面した店を出ると、そのまま店の脇にある狭い路地に入り、その路地の手前の角を曲がった途端、地面を踏み潰すように強くけって走り出す。
 
 左胸が、熱い。
 
 それが何を指すのか、彼はその身をもって知っている。
 オーディンと少女が旅をする原因になったもの。
 
 熱を持つ左胸にあるそれは刺青。
 
 繊細な、不思議な華のような文様。
 
 刻印。
 
 
 それは≪契約≫の証だった。
 
 
 
 
***
 
 
 
 
 魔力の残滓をたどって付いたのは街の中央にある小さな広場だった。広場に入ると白刃以外の魔力の残滓が残っていることに気づき、目を細める。
 ≪色≫の違うそれは、少女のものと比べて暗くよどんで、歪んでいる。その魔力の残滓が残る場所に近づき、彼はその精悍な顔立ちに苦虫をつぶしたような顔を浮かべる。
 通りの影になった場所であるそこには、地面にうっすらと魔力の残滓で浮かび上がっている転移の陣。
 同時に蘇るのは昨日の酒場で聞いた情報。
 
『領主が?』
『あ、ああ。そうだ』
『他には?』
『さ、さあ。た、ただ見慣れねぇ魔法士が出入りしてるって話だ』
 
 絡んできたほかの傭兵たちを縛り上げて、オーディンの容赦のなさっぷりに真っ青になって怯える他の傭兵たちにこの街のことについて聞いたのだ。
 
 領主が今回の事件の元凶ではないかという噂。
 
 裏付けるかのように見慣れない魔法士が城を出入りしだしてから、街にいた人が消えていった。
 
 くわえて、同行者である少女が消え、その魔力の残滓と転移の陣にかろうじて読み取れる目的地の座標。
 
 オーディンが視線を街の西側、小高い丘の上にある城へとやると城の周りには限られたものにしか見えない、魔力の結界が張ってあるのがわかる。
 
なんでこうも厄介ごとに巻きこまれやすいんだと思いながら――白刃が聞いたら今回は不可抗力だと言うだろう――彼女に対する文句をつらつらと胸中で並べながらも、彼はその足を小高い丘の上にある領主の城へと向けた。
 
 

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