恩恵の狂想曲 08
「ここどこ?」
このセリフは二回目だなあと呑気に体を起こしながら周りを見渡す。
暗い部屋だったが、やわらかい絨毯がひかれ、部屋の広さといいまわりに置かれている調度品から明らかに金持ちのものだと分かる。
「領主の城?」
立ち上がりながら、特に慌てる様子のない白刃は自分の体に異常がないかチェックする。
「服は着てる。手足は縛られてない。怪我は…今んとこなし、か。どうしようかな」
口調には本当に困っているような響きはなく、むしろ楽しむような色がある。そして白刃が身を起こしたその時。
ひやりとした感覚に彼女は本能に従い片手を掲げる。
途端、白刃の前に薄い膜が広がり、何かがぶつかった音を響かせた。
「お見事。防がれるとは思いませんでした。わたしはマロイ・ウェンハムと申します。『世界の愛し子』の姫君」
すぐさま振り向いた先、木製のドアの前にいる黒いローブを着た、くすんだ金髪に空色の左目を持った男。そのやせこけた血色の悪い顔に浮かべた笑みは、明らかにホラー映画を連想させるものだった。
ホラー系の話しとか平気でよかったなどと呑気に思いながらも、白刃は注意深く男――マロイを観察する。
「ここは領主の城?」
「ええ、そうですよ」
「じゃあ、噂は本当ってことか。…消えたって言われてる人たちは?」
まさかと思いながらも問いかけると、マロイは口をゆがめて嗤った。
「贄に」
「何だって?」
マロイが浮かべた狂気の笑みと言葉に白刃の腕に鳥肌がたち、背中を冷や汗が流れる。
「あなたもそうなっていただきます」
「ご冗談!」
贄とは何なのかわからないが、本当に冗談じゃないと思うと同時にマロイが背にしている唯一の外へと通じる扉をみる。
内側から湧き上がる恐怖に震える足を叱咤しながらも逃げる機会を伺う白刃にマロイが愉悦の笑みを浮かべる。
「無駄ですよ」
そして魔法を彼女に向かって魔法を放とうとした瞬間。
城全体を揺るがすほどの轟音が響き渡り、地面を揺らした。
***
「貴様、何者だ!?」
「他にも呼んで来い!!」
「侵入者だ!!」
「誰か魔法士を!!」
口々に叫びながらも剣を構える、領主の城を守る騎士たちを前に傭兵たちの頂点にたつ彼は、つまらなそうに彼らを睥睨した。
領主の城の門で昼間から交渉をして、今はもう太陽は西に傾いている。
こんな面倒をさせた元凶である少女への怒りのボルテージは上がりっぱなしだった。
それが相まってか、彼が先ほど放った≪術≫と呼ばれる力は、思ったよりも強かったらしく、城門の一部は木っ端微塵となり、残骸にたつ彼の姿は少なくとも騎士たちには衝撃を与えているようだった。その証拠に彼が一歩踏み出せば、じりじりと相手は後ずさる始末。
領主を守る私兵とはいえ、一応、仮にも騎士だろうがお前らと、なぜか相手に八つ当たりという理不尽としか言いようのない怒りをさらに湧き上がらせるオーディン。
どう蹴散らすかと無言で相手の出方を見るようににらみ合っていると、城の西側の方から再び轟音と土煙が上がり、それを合図にオーディンは騎士たちに強く踏み込むと同時に、その刃を走らせた。
その口元に楽しむような笑みを浮かべて。