恩恵の狂想曲 12


 目の前で氷刃によって貫かれた体を、捩りながら苦悶のうなり声を上げている魔獣もといナメクジ。

 白刃はその後ろ、夜の闇の中、廊下の反対側にいる剣を持った赤い髪の青年をみて息をのんだ。
 
「ああ、なんてことを!!わたしの研究が!!」
 
 悲痛な叫びを上げて、苦悶の末に崩れ落ちた魔獣の傍にひざをつくマロイをよそに、オーディンは何食わぬ顔で、マロイやナメクジの魔獣の横を通り過ぎ白刃へと近づく。
 白刃は頭の中で警鐘が鳴り響く中、逃げられないでいた。
 
逃げたい。でも逃げたら確実に、や(殺)・ら・れ・る。
 
 獲物を見据えた野生の獣のような光を宿しているオーディンの目に怖気づきながらも愛想笑いを浮かべる。
 
「…えーと…久しぶり?……ひぇっ!ごめんなさいすみません勝手に外に出たりしたわたしが悪いです!!ていうか、ここまできてくれてありがとう!?」
 
 白刃は冷や汗をかきながら、出来るだけかわいらしく首を傾げると目の前の青年と周りの温度が2,3度ほど一気にさがったのを感じて、ノンブレスで謝罪とお礼を口にした。
 
普段の一緒にいるときの青年は確かに傍若無人で俺様然としたところがあるが――何度か殺気を向けられたこともあるが――これほどの殺気を向けられたことはない。
 
「へぇ、よく分かっているじゃないか」
 
 うっすらとニヒルな笑みを浮かべ、見下ろしてくるオーディンを目の前にして、白刃はマジで今回はまずいかもと心のなかで呟く。
 
 瞬間、オーディンの背中の向こうでマロイが魔法を放ったのを見て悲鳴を上げる。
 
「オーディン!!」
 
 無防備な背中に直撃かと思われた光の固まりは、青年に届く前に霧散した。
 マロイは驚愕の顔でオーディンを凝視する中、ほっと息をつく白刃にオーディンが聞く。
 
「あれは誰だ?」
「変態怪人狂人の三拍子そろったゾンビヤロー」
「……」
「ごめんなさい。そうじゃなくて、今回の元凶。マロイなんとかって魔法士」
「ほう?あんなちんけな魔法士が、あんな魔獣をねぇ」
「ちんけっていうか、ナルシスト?」
「なんだそれは?」
「えーっと、自分がとにかく大好き!!わたしって、すごい!!みたいな人かな?」
「……お前もか?」
「どこがだ!?違うわ!!って、危なっ!!」
 
 こんな状況のなかで漫才を繰り広げる二人に風の刃が向かってくるのを白刃がそれを結界でふせぐ。
 二人がマロイを見ると彼は、顔を真っ赤にして怒りをあらわにしていた。もともと顔色が悪いため、それは真っ赤というよりも赤紫色のような、なんとも言えない顔色になっている。
 
「よくも、選ばれた存在であるわたしをコケにしてくれましたね」
 
 怒りで空色の目をぎらぎらさせた青年に、その怒りの矛先である二人はわずかに視線を交わし。
 
 
「「(だって)本当のことだろう(だし)」」
 
 
 二人そろってバカにしまくりである。
 
 
 マロイが怒りに顔をゆがめ詠唱を始める中、白刃が焦りをみせず、ゆったりと笑う。その隣でオーディンはすでに剣を鞘へとおさめている。
 
「選ばれた存在ねぇ。じゃあさ、上を見てみてよ。マロイさん?」
「なんだと!?ぐげふっ!!」
 
 上を見た瞬間、マロイは白刃が浮かせたナメクジが頭上に落ちてきたことによって気を失った。
 
 こうして今回の騒動は、夜の帳のなか幕を閉じたのである。
 
 

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