王の【狗】 21


  自分は比較的、一般的な容姿だと思う。それは学校の帰りだったり、友人たちと遊んでいるときだったりと異性から声をかけられたことがないせいだった。

 実際、自分よりも友人の方がそういった輩に遭遇する機会は多かった。友人はかなり面倒臭がっていたが。
 それは今までいた場所が今いる場所よりも平和で安全だったのだ。そして周りの意識もかなり違っていたのだと思い知らされる。
 
 ―――こういうときに。
 
 
 
「なあ、お嬢ちゃん。ちょっとでいいんだよ」
「何も全部って訳じゃあねぇんだからよ」
「そうそう。酒の金だけでいいんだ」
「それとももっと楽しいことをするか?」
 
 
 
 下卑た笑い声は白刃には雑音というよりもそれ以上の騒音ではないにしても不愉快なものだった。
 こいつらどうしてくれようか。
 
 それはいい気分で、通りを歩いているところをいきなり腕をつかまれ、そのまま路地の方に連れ込まれて四人の男に囲まれた少女の胸中だった。
 黙っている少女の様子を怯えているのだと勘違いしているチンピラたちはさらに少女を囲んでいる距離をつめる。
 
 白刃の脳裏にふとアルザスから教えられた護衛の魔法が脳裏に浮かんだ。
 使うかどうか一瞬の思案。
 そのとき、しびれを切らしたのか一人が腕をつかんできた。
 
「早くしろよ!痛い目にあいたいのか!?」
「っ」
 
 小さくその腕をつかまれ痛みを感じうめく。その瞬間、彼女は決めた。
 
 上手くいくかなど、考えなかった。
 ただ、護衛として、と軽く考えていた。
 だから、それを迷いなく使った。
 
 
 ―――この時、どれだけ無知だったのかと後から何度も後悔することになるとは知らずに。
 
 
「切り裂け、走れ、無形の刃。『風刃』」
 
 小さく唱えた瞬間、強い魔法の反動が彼女の体を壁にたたきつけた。痛みにうめき、風の刃が吹き荒れる路地の中で彼女が目にしたのは。
 
「う、うわああぁぁあぁぁぁ!!」
 
 絶叫が響きわたる。
 チンピラたちの驚愕と恐れに引きつった顔。
 
 そして、赤。
 
「………」
 
 白刃の唇がわななく。
 
 これは、なんだ。違う、これは。
 
「―――――――――っ!!」
 声にならない絶叫が少女の口から迸る。瞬間、魔力が吹き荒れ、彼女の右手首に付けられていた魔具を粉砕した。
 
 そして、彼女の世界は暗転した。
 
 
 
 
 ぴくりと剣の柄に乗せていた腕が動く。
 
「どうかしたか?オーディン」
「いや」
 
 そう答えながら騎士たちの寄宿舎の方を見る。その横顔に変化はない。が、オーディンは先ほど一瞬だけ不可解な空気を察知していた。
 
 自分の中の琴線にふれるか触れないかの、些細な変化。
 
 刻印には異常はない。が、さっきのは―――。
 漠然とした感覚だけが胸中に広がっていく。
 
 その時、無音だった部屋にばさりと羽音が生じる。アルザスの腕に瞳と同じ色の青い鳥が止まる。
 アルザスの使い魔だ。
 自分の使い魔が伝えてきた情報に彼の表情が曇る。それをいぶかしげに思いながらも、窓の傍の壁に身を預け、外を見やる。
 
「オーディン」
「なんだ」
 
 なぜかアルザスの声音が固い。
 
「騎士崩れのチンピラ四人が殺された」
「どこだ?」
 
 壁から身を離したオーディンがアルザスを見る。
 
「西の市の方だ。……シラハちゃんが向かった」
「なんだと?」
「だから、今日、シラハちゃんに町に出てみたらっていったんだ。って、うお!」
 
 オーディンは驚くアルザスに構うことなく部屋を飛び出していった。
 目の色を変えて飛び出していった友人の見えない背中にアルザスは苦笑を零す。
 
「まいったな。後でオーディンに怒られそうだ」
 
 そうさほど困っていない様子で、ゆっくりと足を踏み出した。
 
 
 これから起こる波乱を思い描きながら。
 

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